注目されつつある?ウェルビーイング経営
2025年10月8日
労務管理ヴィッセンシャフト vol.39
野崎 律博
◆ウェルビーイングについて
ウェルビーイングとは、肉体的にも精神的に、また社会的に全てが満たされた状態(well-being)にあることを指します。これは心身が単に健康であることはもちろんのこと、幸福や満たされ感がある状態を指します。このウェルビーイングを経営に取り組む手法のことをウェルビーイング経営として注目されています。似たような言葉で「健康経営」という概念もありますが、これらもウェルビーイングの一環といえます。
なぜこのような概念が注目されているかといえば、従来のGDP(国内総生産)は「経済的な成長」のみであり、国民の幸福度まで図ることはできません。いかにGDPが高くても、国民の生活満足度が低く幸福を実感できない社会では、真の豊かさを示すことにはならないからです。
歴史的に振り返るならば、資本主義社会は単なる生産力向上と富の蓄積に伴う経済発展のみで現在に至る訳ではありません。かつての産業革命において人類の生産力は増大し、労働者階級の形成と共に現代の市民社会が生まれました。その一方で生まれたての産業資本主義段階においては、労働基準法などの労働者保護を司る法律も無く、年少者の児童が安い労働力として長時間労働させられる等、公衆衛生や人権に係る問題もありました。
こうした中、18世紀以降のプロイセン国家において、ビスマルクによる社会保障性制度の開始により、現在の社会保障制度が生まれることになります。この背景にあるのは、フランス革命や英国ピューリタン革命等、労働者階級が市民勢力の一環として行われた革命推進勢力が大頭し、その後の社会主義運動が発展することにあります。これらの影響を受け、富国強兵のためには重工業化と熟練工の育成、社会主義に走らないための仕掛けを意識したビスマルクは、疾病保険(現代の健康保険)や労災保険、老齢・障害保険(現代の年金制度)など労働者保護手段の整備を取り入れてゆきました。これら社会保障制度を創設した理由は、当初は社会主義革命から資本主義国家を守るためでしたが、経済格差や労災事故への保証等、社会の安定と経済成長の基盤として各国で取り入られるようになります。我が国日本でも1961年に国民皆保険、皆年金制度がスタートし、社会保障の基礎がつくられました。その後東欧・ソ連崩壊を経て、共産主義陣営はかつてほどの影響力を失いましたが、昨今ではSDGsへの関心の高まりとともに、持続可能社会や幸福度に人々の関心が高まっております。
◆ウェルビーイングは会社経営にどのような影響をもたらすか
ウェルビーイングが企業で注目されるようになった理由は、次の3点が挙げられます。
一つ目は、働き方改革と価値観の多様化によるものです。運送業においても昨年4月より長時間労働是正のための働き方改革として、長時間労働の上限規制や改善基準告示の改定が行われたことは記憶に新しいと思います。これら施策により、従業員の幸福度や満足度も経営課題として挙げられるようになります。また、各人の働く目的が単に収入のみでなく、やりがいや成長、人間関係など多様化していることも背景に挙げられます。これらは、人材不足や採用戦線にお悩みの経営者の皆様方にはご実感頂けるかと思われます。
二つ目は、人材確保と職場定着率の向上です。長時間労働の状態化による労災事故が多発する中で、ワークライフバランスが重視される社会となり、従業員の幸福度や満足度が採用競争力に直結するようになりました。我が国日本においても、少子高齢化の進行にともない、人材不足と採用困難に苛まれる企業が増加する中、働きやすさや職場の魅力が大きく注目されるようになりました。職場のハラスメント対策が注目されるようになったのも、こういった動きの一環であるといえます。
三つ目の理由は、ESG投資や人的資本の流れによるものです。昨今の投資家達は「企業による人への投資」を重視する動きが顕著となっております。そのような中、SDGsやウェルビーイングへの取組について、企業価値の一部として重視されるようになりました。人的資本開示というのは、人材育成やエンゲージメント(従業員のやる気や満足度)、流動性(離職率・採用コストなど)やダイバーシティへの取組み、安全衛生や労働環境、コンプライアンス遵守への取組みに関する情報を指します。
他にもいくつか挙げられる理由はあるかと存じますが、時代の流れと共に変化しつつある経営の在り方として、ウェルビーイングへの取組は今大いに注目すべき要点といえます。
◆ウェルビーイングは従業員の生産性向上をもたらす
最後に、ウェルビーイングによる好循環の可能性について触れてゆきます。ウェルビーイングが向上することで、従業員の能力発揮から生産性向上につながることが指摘されております。生産性向上は企業価値や業績向上にもつながり、ゆとりある経営から生まれるさらなるウェルビーイング向上・・・といった形で、好循環構造が生まれるといわれております。日本の企業では日立によるサステナビリティ戦略とウェルビーイングの取り組みにより、ウェルビーイング経営が好循環に繋がる可能性について研究が進められております。 難しい話はさておき、皆様からみても一生勤める会社かもしれない会社が、こういった取り組みをしているか否かは、大きく関心が高いのではないでしょうか?社労士業をしている私にとっても、企業の行うこれら取組みについて、多いに関心を持っております。