旅するお荷物

交通事故を減らすには?(その1)

2025年11月19日

『旅するお荷物 vol.13』
大原 欽也

 

【交通事故を減らすには?】
毎日のように交通事故のニュースを目にしているうちに、なんとなく交通事故は増え続けていて、減らすことなどできないのだろう、などと思ってしまいます。よく考えたら、これはおかしな思い込みです。減らない理由がわからないのだから。皆さんはわかりますか。一瞬、答えに詰まったのではないですか。その後で何らかの理屈を考えましたか。多分それはトンチンカンな理屈です。私もそうでした。どう考えてもトンチンカンだったので、まともな理屈がないものか探してみました。今から披露しますが、二つあって、一つは物理的な理屈、もう一つは心理的な理屈です。ただし、その悦明の前に現状認識をさせてください。

交通事故発生状況
先ずは世界の中の日本の位置付けを確認します。図表1に国別の交通死亡事故率を示しますが、日本はトップクラスの少なさです。全体で成績がよいのヨーロッパ等の先進国ですが、そうでない国も混じっています。失礼ながら、国の貧富の程度という背景があるかもしれません。

図表1:国別の交通死亡事故率 「社会実情データ図録」より 再描画

それで、そもそも自動車の多い少ないで事故遭遇の可能性も違ってくるだろうと思いつき、自動車保有台数で見直しました。

図表1と同じサイト(大いに活用させていただいています)に、年度は違えど乗用車保有率が掲載されていたので、直接算出できました。図表2に示しますが、米国より右がヨーロッパと日本、いわゆる先進国だけになり、車両10万台を使っても20人も死なせていません。なお、縦軸は1目盛ごとに10倍になっていることに注意してください。図表1で、中国、メキシコ、ブラジルが人口当たりの死亡率が低いのは、車両台数が少ないのが原因だと思います。

図表2:国別の自動車台数当りの交通死亡事故率
(図表2[’13]と乗用車保有台数[’11]/「社会実情データ図録」より 算出)

20人が多いか少ないかはともかく、日本は安全性でトップクラスであることが確認できたと思います。モータリゼーションの到来が遅れたことを考えればなおさらです。

次に国内の状況に目を転じます。

図表3、4に日本の近年の交通事故発生状況を示します。全事故、死亡事故率ともに年を追うごとに減少しています。個人的感想なのですが、日本は自動車そのものの安全性や視認性の良好な道路整備などだけでなく、官民一体となった安全性向上の取り組みに優れているように思えます(舗装率などは検討の余地があるようです)。

ニュースなどで話題になるのは悪い情報が主になるので、ともすれば事故が増えているような錯覚さえ起こしてしまいますが、実態は着実に改善されているのです。これは犯罪率についても同様です。地味かもしれませんが、よいニュースも時には報道してほしいものです。皆さんも私と同様、交通事故が減っているとは思っていなかったのではないですか。

図表3、4 日本の交通事故推移
 (国土交通省:「最近の交通事故発生状況について」より再描画)

以上まとめると、日本は道路交通の安全性において最も優れた国の一つであり、さらに安全性も高まってきている、ということを確認しておきたいです。

物理的な理屈
とはいえ、今後に不安を感じさせる傾向も見て取れることに気付かれたでしょうか。直近の2,3年で改善傾向が頭打ちから横ばいになっています。もちろん、今後も横ばいが続くとは限りません。限りませんが、しかし、いつかは頭打ちになるのだと、私は確信しています。図表5に個人的予測を模式的に示しますが、a~cのどれかわかりませんが、いつか横ばいになるのではないかと思っています。

図表5:今後の交通事故推移の可能性

それはどうしてかというと、理解のポイントはおなじみのパレート図です。パレート図はパレート分布する集合を棒グラフに描いたものです。工場なら不良原因分析の取っかかりで使うものだし、物流なら倉庫の商品構成の分布を示したりします。不良原因と商品構成という全く異なる現象で同じパレート分布というグループになっているのです。それはつまり、パレート分布が様々な現象に共通して表れる普遍的特性なのだということです。実際、パレート分布に従うのは、所得分布、都市の人口、河川や山の規模、地震の発生、はては星の大きさに至るまで、自然界にあまねく横串を指しています。そして交通事故も同じことになります。

それでは、なぜ交通事故防止活動の効果が頭打ちになると思うのか説明します。図表6に原因別のパレート分布の模式図を示します。改善活動の経験がある方は真っ先に左側の原因に注目すると思います。左の2,3の原因をつぶしてしまえば、量的に大部分をつぶせるからです。世にいう、80対20の法則に基づいているわけで、80対20の法則も典型的なパレート分布なのです。

図表6:パレート分布の模式図

ところが全滅させようとするとこれは大変で、左からへ始めていくとすぐに対策の効果がわずかなものしか残らなくなるのです。努力の効果がどんどん現れなくなってくるのです。

更に左端のほうも実は完全制圧は困難です。それは大ぐくりにした原因1とか原因2とかも、その中を細分化できて、例えば原因1なら原因1.1、原因1.2・・・と、これまたパレート分布になっていたりして、結局つぶせたのは細分化したパレート分布の左側の部分だけだったりします。

ここでの結論はやや暗鬱なものです。今まで実を結んできた努力の成果は、この先いつかわかりませんが頭打ちになる可能性が高いということです。その時に覚えていてほしいのは、それは決して行政の努力不足とか、ましてや怠慢などではないということです。それまでの努力の成果として、対処可能な下限に近付いたということですから。

しかし、後で説明しますが、打ち手がなくなってしまうのかというと、そういうことでもないのです。

心理的な理屈
切り口を変えます。先ずは、いくつか実験や調査の結果を紹介します(交通事故以外も)。

アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)に関する各国での検証実験
 結果:ドイツ・ミュンヘン:事故件数→ABS装備車/非装備車でほぼ同数。
    カナダ・ケベック州:スピード→ABS作動車>非作動車
    ノルウェー・オスロ:先行車との車間距離→ABS作動車<非作動車

トラックドライバーのスキッド訓練
 結果:ノルウェーで追跡調査し、訓練により事故リスクが増加

スタッドレス・タイヤの効果
 結果:北欧などで、ノーマルタイヤと事故率に有意差がなかった

レーシングドライバーの事故傾向
 結果:米国では、一般ドライバーより、レーサーの事故が多かった

防波堤の過信
 結果:宮古市田辺地区に通称「万里の長城」なる巨大防波堤が建設されたが、
 311津波で200人以上が犠牲
 ※チリ地震津波を防いだ安心感か、出典元の資料を参照の事。

これではまるで安全対策や技能訓練が全く役に立たないのかと思えてしまいます。もちろん、そんなことはありません。ありませんが、一方で安全対策そのものが想定した効果をスポイルしてしまう事情もあるということではあります。

どういうことかというと、「安全対策をした → 安全性が向上した → 安心してしまう → 行動が不安全になってしまう → 思ったほどの効果がなかった」、ということがあるのです。

まるで吉田兼好の「徒然草」に収められた「高名の木登り」です。それにしても問題は、対策を講じた行政ではなく、対策を講じてもらった道路利用者のほうだったとは、皮肉な話です。とはいえ、道路利用者の性癖に問題があるといってすむ話ではなく、そもそもどんな人にも多かれ少なかれ当てはまる問題なのです。どういうことなのか深掘りしていきます。

その前にくどいようですが念のため、私は、ABSは装備したほうが良いと信じているし、スキッド訓練は受けたほうが良いと思っているし、雪道でスタッドレス・タイヤは装着したほうがよいに決まっていると考えています。問題にしたいのは、それらの効果が十分に発揮されないという状況についてです。

※続きは、12月24日(水)配信にて


【出典元】
・社会実情データ図録 (本川裕)
 (https://honkawa2.sakura.ne.jp/)

・国土交通省:最近の交通事故発生状況について
 https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001873159.pdf

・International transport forum:Speed and crash risk
 (https://www.itf-oecd.org/sites/default/files/docs/speed-crash-risk.pdf)

・G.S.ワイルド:交通事故はなぜなくならないか
・芳賀繁:事故がなくならない理由
・D.シャイナー:交通心理学入門
・松浦常夫:交通心理学 (シリーズ心理学と仕事 18)

著者プロフィール

大原欽也

主任研究員

職歴
メーカー:研究開発、生産管理、生産改善、原材料調達
物流:工場出荷管理、物流センター管理、SCM開発、コンサルティング


キャリアのスタートはモノづくりでした。調達から製造、出荷まで、様々な角度から関わってきましたが、自身では改善屋だと位置づけています。その後、物流の仕事に移り、出荷、輸配送、倉庫管理、サプライチェーン等の管理や改善を行ってきました。統計的管理や生産管理、会計管理等の手法を物流に適用して、オペレーション改善、マテハン制作、システム開発、SCM開発等で、改善屋としての仕事をしてこれたと思っています。

得意分野

  • 生産管理
  • 工場出荷管理
  • 物流センター管理
  • SCM開発
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