労務管理ヴィッセンシャフト

ドライバーの賃金と物流法改正について

2026年10月21日

労務管理ヴィッセンシャフト vol.51
野崎 律博

 

◆ドライバー賃金はなぜ上がらない?
9月から秋の訪れとともに毎日続く不安定な天候のなか、皆様いかがお過ごしでしょうか?この原稿を書いていたシルバーウィークの真っただ中は、連日雨でした。

さて、9月16日に筆者は、国際物流総合研究所主催「第18期物流経営塾」にて、ドライバー賃金に関するセミナー講師をさせていただく機会を頂きました。2024年問題以降に世間でも注目されている、ドライバー賃金と人手不足の経営課題をいかに克服するか、労務管理における歩合給の役割等のお話をさせていただきました。

日本の運送業にとって共通の経営課題として挙げられるのは、ドライバーの人手不足と賃金です。運送業を担う多くの皆様におかれましては自明のことと思われますが、日本においてトラック運輸業は賃金がなかなか上がらない産業の一つです。働き方改革の一環として2024年4月から、トラックドライバーにも時間外労働の上限規制が運用されました。長時間労働に依存してきた運輸は、従来型の事業運営について、制度を通じた転換を図ろうとしてきましたが、現状においては賃金上昇や人手不足の解消に繋がっているとはいえない状況です。労働時間が短くなり運送の供給に制約が強まることにより、運賃が上昇→賃金にも反映・・・となるのが普通ですが、物流業界はその通りになりませんでした。

確かに2024年問題が世間で注目されたことにより、以前よりは荷主への価格交渉を切り出しやすくなったのは事実です。また物流Gメン等により、行政が価格交渉における力関係を均衡化しようと必死になっております。それでも物流事業者全体を見渡すと、運輸にかかる人件費や荷待ち時間、時間外労働による割増賃金や付帯業務が、適正に運賃に反映されているとはいいがたい状況が継続しております。また以前に比べて運賃は上昇傾向にあるものの、その上昇幅は極めて限定的であり、逆に労働規制強化によって生じた追加コストをカバーし切れていません。

労働規制強化による追加コストの影響を最も受けているのは、とりわけ長距離輸送です。長距離輸送はドライバーの長時間労働によって支えられていた割合が高く、それゆえ時間外労働の上限規制の制約により、運送供給への制約を食らうことになりました。制約への対応として、従来数日かけて輸送してきた荷物を、多人数リレー方式で運送する、あるいは運行期間の引き延ばし等、改定前と同じ量を運送するために必要な人員や車両が増加することで、運送コストが増すという副作用も生じております。かかるコスト増への対応として、運送会社は様々な経営努力を行うことで対応しております。具体的にはモーダルシフトへの移行や共同配送の促進、積載率向上やリードタイム短縮等という形で労働生産性向上によりコスト増吸収を図るという、極めて厳しい取組の渦中にあるといえます。また運送業は多重下請け構造が常態化しており、着荷主への運賃値上げが、最下層である運送会社にゆきとどかない構造にあります。ただし、多重下請け構造問題は国も認識しており、貨物自動車運送事業法の一部改正の一つとして、数次による請負を制限すること(再委託の回数を二回以内に制限するよう努力義務)が課されることになります。その他トラック運送事業許可5年更新制の導入や適正原価を下回る運賃の制限など、日本にみられる運送事業のきめ細かいところまでの規制が強化されることとなりました。もっとも数次の請負によって成り立つ事業は、建設業やIT企業など他業種にも存在しますが、今般いよいよ運送業への対応が法制化された点は注目すべきところです。(ただし努力義務なので、どこまで実効性があるかは議論があります)。

お話を戻しますと、長時間労働抑制の副作用によって生じたコスト増は、運賃への反映という形で吸収してゆく必要があります。しかしこれは中々うまくいっておりません。その一番大きな理由は、荷主の依頼先がより運賃の低い物流事業者に流れてゆくという構造にあります。ある意味、競争の原理がマイナスに働いているといえます。市場経済における競争の原理は、企業や個人が自由な市場で、より良い商品やサービスをより安く提供しようとお互いに競い合う仕組みです。一般的には競争原理により売り手同士が競い合うことで、品質の向上と価格の低下、効率的な資源配分が行われるのですが、運送事業においては運賃低下と担い手(ドライバー)不足の原因となっております。また物流事業者に限らず、日本の企業の約9割は中小零細企業です。これら9割近くの物流企業に対し、長時間労働の是正とそれらにより生じるコストをイノベーションで解決することが求められております。業界を担う事業者にとって、これは非常に厳しいといえるのではないでしょうか? また賃上げを持続させるためには、運輸コストを取引価格に正当に反映する必要がありますが、これらの対策として適正原価の導入が挙げられます。適正原価とは、トラック適正化二法に盛り込まれた施策であり、運送取引における運賃・料金を決定する基準となるものです。2028年に向けた告示予定となっておりますが、従来の標準的な運賃に取って代わる、より強制力のある基準となりうることが期待されております。「期待されております」と書いておきながらなんですが、適正原価が新たな運賃の基準として有効に運営されるのか、不安は残るところです。

◆全産業の実質賃金
以上、ドライバー職の賃金について触れてきましたが、日本は業界問わず実質賃金の低下が年々進行しております。とりわけ近年では2022年以降、名目賃金は上昇しているものの、実質賃金が年々低下するという現象が生じております。実質賃金とは、名目賃金を消費者物価指数で割り出し得た数値です。実質賃金の低下原因として挙げられるのは、円安や石油などエネルギー資源の高騰などが挙げられますが、これらは欧米やヨーロッパ等の国々でもほぼ同様の傾向にあります。しかしながら、日本の実質賃金低下は諸外国に比べ、突出した低下が見受けられます。このあたりの原因については、日本独自の雇用慣行や労働組合の影響など、様々な要因が考えられますが、メルマガでふれると長文になりそうなので、ここでは問題提起にとどめておきたいと思います。

著者プロフィール

野崎律博

主任研究員

公的資格など
特定社会保険労務士
運行管理者試験(貨物)


物流事業に強い社会保険労務士です。労務管理、就業規則、賃金規定等各種規定の制定、助成金活用、職場のハラスメント対策、その他労務コンサルタントが専門です。労務のお悩み相談窓口としてご活用下さい。健保組合20年経験を生かした社会保険の活用アドバイスや健保組合加入手続きも行っております。社会保険料等にお悩みの場合もご相談下さい。

得意分野

  • 労務管理
  • 就業規則
  • 賃金規定
  • 助成金
無料診断、お問い合わせフォームへ