労務管理ヴィッセンシャフト

懲戒処分による退職手当不支給は適正といえるか?

2023年12月20日

労務管理ヴィッセンシャフト vol.18

 

1.退職金とはどういう性質を持つ賃金なのか?

運送事業者において、残業代未払いや長時間労働によるメンタル不調からの退職等、労務問題を巡る問題は後を絶ちません。そのような中において、昨今注目を集めているのは、退職手当の支給を巡る問題です。

当たり前の話ですが、退職金は社員が会社を退職する際、支給される金銭のことを指します。支給要件は会社の経営状況や従業員の勤続年数、役割、退職理由などによって異なりますが、これら制度は労基法等で義務化されているものではありません。従いまして、会社に退職金の制度が無ければ、支給されないこともあります。また昨今は中小企業において退職金を廃止する会社も増えており、廃止を巡って従業員の同意を得られない等のご相談を受けるケースもあります。

そもそも退職金とは、どういう目的で支給されるものなのでしょうか?一般的な定義としては、一つ目には退職後の生活保障であること、二つ目には勤続報償としての性格、三つ目には賃金後払いの性格を持つと言われております。特に注目したい点は、三つ目の「賃金後払い」という性格を持っている点です。

例えば重大な懲戒処分を受けた従業員が退職する際、就業規則の規定により退職金が全部または一部不支給となるケースがあります。重大な懲戒処分の例としましては、例えば会社のお金を横領した、ドライバー職が人身事故を引き起こし、被害者が亡くなってしまった等が挙げられます。懲戒処分による退職金不支給を巡る裁判判例を見ると、様々な事例に触れることができますが、結論だけを切り取ると、支給が適正、不支給が適正の二つに分かれます。

2.裁判判例から見る退職金の定義について

例えば某鉄道会社の社員が、懲戒事由によって退職し、退職金が不支給となった事案について、裁判で争われた事例があります。具体的にはこの従業員は自社の勤務する鉄道会社とは他の鉄道会社の社内で痴漢行為を繰り返し、そのことが当該会社で問題となって懲戒解雇された事案です。当該鉄道会社の就業規則には、懲戒解雇により退職する者に対し、原則として退職金は支給しない旨の定めがあります。就業規則は会社のルールブックであり、国に例えれば憲法に相当するものです。従いまして就業規則の規定にのっとり、この方に対する退職金は支払われなかったのですが、当該従業員はこれを不服として会社を相手取り提訴しました。

「えっ?痴漢行為を繰り返して問題になったのだから、懲戒解雇はもちろんのこと、退職金の不支給なんてあたりまえでしょ?しかも就業規則に書いてあるのだから。」そう思われる方が多いと思います。

結論から申しますとこの裁判ですが、退職金の3割を支給することが相当であるという判決となりました。結論だけを聞くと「フーン」というだけの話ですが、なぜこういう判決に至ったのか?裁判判例に注目すると、退職金という性質を裁判官がどのような視点で見ていたのかが明らかになります。

この裁判の一番の争点は、「懲戒解雇者に対し退職金を全額不支給とすることは、合理的か否か?」という点にあります。ちなみに賃金を巡るトラブルから生じる裁判というのは、労基法違反かそうでないかによってその性質が異なります。仮に労基法違反を伴うものであれば、事業主には刑事上の責任も課せられるため、適法か否かを巡る裁判となりますが、退職金未払いは民事裁判のため、社会通念や時代の価値観などが大きく反映することになります。そうなると仮に「就業規則に定め」があったとしても、会社の行った処分の内容が適正か否か、争われることになります。すなわち「退職金というものがどういう性質のものであり、(それらを踏まえた上で)今回の事案をどう見るか?が争点となります。

この裁判において、第一審の判旨では「退職金の支給制限規定は一方で、退職金が功労報酬的な性質を有することに由来するものである。しかし、他方、退職金は、賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものである」と述べられています。この会社の就業規則(退職金支給規則)では退職金について、給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されておりました。そのような場合、そこで支給される退職金というものは、賃金の後払い的な意味合いが強くなります。従いまして、賃金の後払い要素の意味合いの強い退職金を、全額不支給とするのはよほどの理由が必要です。たとえば、従業員の行った行為が、その従業員が「永年に渡って行われた勤続による功労を抹消してしまうほどの重大な背信行為が認められる場合」です。この件で問題となった、他鉄道会社での痴漢行為の繰り返しは、確かに軽微は犯罪とはいいがたく、社会的にも許されない行為だといえます。しかし会社に対する背信行為という観点で見たときはどうでしょうか?(不快に思われた方がいたら、申し訳ございません。私の考えはいろいろありますが、これはあくまで裁判判例に基づく観点で述べております)対会社という観点でみたとき、会社に対する直接的な背信行為とまで断定するには、要素は不十分である。よって退職金全額を不支給とするのは適正とはいえない。でも行った犯罪は社会的には大きな問題なので、その点は大きく考慮した上で、3割支給が適正と判断しよう・・・要約すると、裁判判決はこういう考えです。

この「退職金は賃金の後払い的性格を有するものである」ことと「永年の勤続の功を抹消してしまいほどの重大な背信行為にあたるか?」という二つの論点は、後々の退職金未払い訴訟に大きな影響を与えることになります。他の似た判例を見ても全額不支給が認められた事案は少なく、3割支給が適正という判例が多く見受けられます(まるで申し合わせたような・・・)しかし近年の判例を見ますと、傾向の変化が見られますので、その辺は今後機会があった際、お話してゆきたいと存じます。

著者プロフィール

野崎律博

主任研究員

公的資格など
特定社会保険労務士
運行管理者試験(貨物)


物流事業に強い社会保険労務士です。労務管理、就業規則、賃金規定等各種規定の制定、助成金活用、職場のハラスメント対策、その他労務コンサルタントが専門です。労務のお悩み相談窓口としてご活用下さい。健保組合20年経験を生かした社会保険の活用アドバイスや健保組合加入手続きも行っております。社会保険料等にお悩みの場合もご相談下さい。

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