労務管理ヴィッセンシャフト

労災になった場合の医療費について

2024年6月12日

労務管理ヴィッセンシャフト vol.24

 

◆労災保険と健康保険の違いについて
いよいよ6月に入り、初夏が訪れておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか?さて、物流事業では2024年問題がテーマとなっておりますが、それと同時に看過できないのが労災の問題です。つい先日も京都府の長距離トラック運転手の男性が運転中に心筋梗塞を発症して亡くなったのは長時間労働が原因だったとして、遺族が会社に賠償を求めた訴訟が行われました。当該案件については金銭解決にて和解が成立いたしましたが、過重労働による事業所責任の重さを実感させるニュースでした。

われわれ社労士事務所でもクライアント様から労災事故への対応に関するお問い合わせを頂くことも多いのですが、通常の日常生活によって生じる疾病や負傷における給付と、労災の保険給付とはどのような違いがあるのでしょうか?

例えば皆様が日常生活で骨折した場合、保険証を持参し保健医療機関といわれる病院で治療を受けると思います。その際の医療費については、総医療費の7割を協会健保(あるいは健保組合)から給付を受けることになり、3割が自己負担となります。仮に入院などで医療費が高額になる場合は、高額療養費を受けることで後から一定額を還付請求することができる場合があります。この高額療養費は現金給付といって、一旦は本人が現金払いして、後から協会けんぽ(健保組合)に請求することで、現金給付を受ける制度です。

しかし最近は、事前に申請してすることで、「限度額適用認定証(限度額適用・標準負担額減額認定証)」を医療機関の窓口に提示することにより、最初から高額療養費の限度額のみの自己負担で治療を受けることもできるようになっております。ただしこれは、保険診療が適用される医療費の範囲内に限ったことです。例えば入院などで病棟が空いておらず、一時的に個室などに入った場合、保険適用外の差額ベッド代を払わされることもあります。(これが意外と高額です!)

一方、労災保険の場合は、全額給付を受けることができます。全額給付なので、本人の自己負担なしで全額行政が給付してくれます。ただし通勤途上災害の場合は、原則200円(健康保険の日雇特例被保険者は100円)が一部負担金として徴収されます。

また意外と見落とされがちですが、世の中に存在する全ての保健医療機関が労災の給付を受けることができる訳ではありません。保健医療機関の中でも労災指定病院といわれるところで受信した場合のみ、労災保険からの現物給付を受けることができます。では労災指定病院以外で受けてしまった場合はどうなるのでしょうか?結論から申しますと、指定病院以外の受診でも、労基署へ支給申請を行うことにより、後から現金給付を受けることはできます。ただしこの場合、一旦は全額(10割)を現金で払い、後に所定の請求書により給付を請求し、審査を経た後、ご本人様の指定口座に振り込まれることになります。一旦は自己負担が発生することと、労災認定の審査にある程度の期間を要することになるため、それまでは自費による持ち出しが発生いたします。

よって労災による疾病や負傷であることが明らかである場合、あらかじめ労災指定病院であるかを確認した上で診療を受けたほうがよいといえます。ちなみに労災指定病院以外で受信した場合は、「療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の費用請求書」を労基署に提出し、還付請求を求めます。この場合は支払った医療費の領収書の原本の添付が必要となります。

◆労災だけど健康保険を使ってしまったケース
話は逸れますが、筆者は昔、健保組合に数十年務めたことがあり、保険給付の審査課の業務をやっていたことがあります。そのとき一番目にした事案ですが、負傷発生原因が労災であるにもかかわらす、健康保険を使って診療される方が多いということです。しかしこれはある程度は致し方ないと思います。と申しますのも、皆様が病院で診療を受ける場合のほとんどが業務上災害より日常生活による疾病やケガが原因であることが多いため、病院での診療を受ける際、条件反射的に健康保険証を提示して受けるケースがほとんどだからです。また、労災なのか日常生活による病気なのか、はっきりとしないケースもあります。事故や負傷の場合はそうでもないのですが、例えばメンタル不調などの場合、長時間労働や過重労働、またはハラスメントによるものか、私生活のストレスが原因なのか、受ける側もハッキリしない場合があります。あるいは冒頭で述べました心筋梗塞や脳梗塞なども、業務の起因するものか、本人の素因によるものなのか、当時者でさえはっきりしないケースがあります。本人でさえ判別がつかないのですから、労基署や協会けんぽ(健保組合)側からも分かりません。正直な話、こういった疾病や負傷の労災認定は、本人の請求の有無によって認められることになります。わかりやすくいえば、黙って保険診療で受ければ健康保険扱い、「長時間労働が原因だ」「ハラスメントが原因だ」から労災だといって請求を行えば、行政による審査が行われることで、労災と認定を受ければ支給決定されることになります。(ただし労災認定を受けるためには、長時間労働や過重なストレスの有無など、客観的事実により判断されます。)

その場合、審査が終わるまでは本人負担ということになるのですが、最初に健康保険を使ってしまった場合はどうなるのでしょうか?いくつかパターンがありますが、一旦は協会けんぽ(健保組合)に返納金という形で給付金を支払い(10割本人負担)、その後に労災保険に支給申請をすることになります。ただし、初診から早い段階で労災申請の判断をしていれば、医療機関に連絡することにより、労災に切り替えることができる場合もあります。(ただし、メンタル不調や脳血管疾患など、業務との相当因果関係があいまいであり、労災認定がされるかどうか不明の場合は、一旦自己負担扱いになる場合もあります) とは申しますものの、とりわけ運送事業者における業務上の交通事故などの場合、労災であることが明白なので、こういった場合はスムーズな手続きを受けるために、あらかじめ労災指定病院で受診されたほうがよいといえます。

著者プロフィール

野崎律博

主任研究員

公的資格など
特定社会保険労務士
運行管理者試験(貨物)


物流事業に強い社会保険労務士です。労務管理、就業規則、賃金規定等各種規定の制定、助成金活用、職場のハラスメント対策、その他労務コンサルタントが専門です。労務のお悩み相談窓口としてご活用下さい。健保組合20年経験を生かした社会保険の活用アドバイスや健保組合加入手続きも行っております。社会保険料等にお悩みの場合もご相談下さい。

無料診断、お問い合わせフォームへ