旅するお荷物

兵站と物流(最終回)

2025年5月14日

『旅するお荷物 vol.7
大原 欽也


⇒兵站と物流(その1)はこちら
⇒兵站と物流(その2)はこちら

【ケース・スタディ】
取り上げるのはベトナム戦争です。
方やアメリカ、方やソ連を頂点とする東西対立の中、ソ連側の北ベトナムとアメリカ傀儡の南ベトナムとの対立が、戦争に発展しました。以下、「世界史の窓」サイトからの引用です。

「ベトナムの共産化を阻止する口実でアメリカは1965年から本格的に軍事介入して南ベトナム軍を支援、北爆を行い地上軍を投入、北ベトナム軍・南ベトナム解放戦線との戦闘を開始した。戦争は長期化したが、68年、解放戦線によるテト攻勢からアメリカ軍の後退が始まり、73年には撤退した。75年には南ベトナム政府の首都サイゴンが陥落し、北によるベトナム統一が行われ、完全に終結した。」

戦力で見れば、北ベトナムvsアメリカの構図で、誰の目にもアメリカの圧勝と思ったのでした、ただし、北ベトナム以外は。

~戦力比較~
単純に戦力を比較する場合、戦闘員の数と武器の量、の2項目になるそうです。余りデータがなかったのですが、一応比較できそうなところで調べたのが図表3です。

図表3:輸送機関の発生エネルギー比較 (ネットで調べた数値のまとめ)

2国が戦争した場合、戦力の違いに応じた、時間経過に伴う兵力の損耗をシミュレートする方法に、ランチェスター法則があります。図表6の数字を用いてシミュレートしてみました。以下、少々ややこしい計算過程を示しますが、私の計算能力を信用していただけるなら、その間は読み飛ばして結構です。

↓ここから

近代戦ということでランチェスターの二次法則を適用します。時刻Tでの兵員数を、アメリカ軍がTa、南ベトナム軍がTv 、武器性能は、アメリカ軍がWa、南ベトナム軍がWv 、とすると、

dTa / dt = – Wv・Tv , dTv / dt = – Wa・Ta

この2式を同時に解くことは、私の能力を超えるので、近似的な解法をを用いました(差分式に変換)。この後の図のプロットの繋がりになっているのはそのためです。

↑ここまで

図表7にシミュレート結果を示しますが、予想通りアメリカ軍の圧勝です。数値の真偽には多少疑問が残りますが、だとしても体制に影響はないように思えます。特に兵力のグラフの傾きの違い、つまり兵力が失われていく速さは、北ベトナム軍がアメリカ軍の300倍です。にもかかわらず、歴史が教えるのは北ベトナムの勝利です。何が起こったのでしょうか。

図表7:兵力推移のシミュレート結果

~兵站・外交・士気~
図表8にベトナムの地図を示します。

南北ベトナムを区切る非武装地帯は狭く、進軍は困難です。一方、海からの侵入は、アメリカ側から見れば兵站海岸が多そうな北ベトナムへの侵攻は、制海権も容易に確保できるでしょうから難しくなさそうなのに対し、北ベトナムはそもそも海軍は無きに等しい上に、南ベトナム海岸は山がちで攻略は困難だと思います。

ところが北ベトナムは、隣国のラオスやカンボジアの山岳を抜けて南ベトナムへ南下したのでした(ホーチミン・ルート)。南ベトナムの国土は東西に狭く、一見して迎撃はできそうに思えます。

ところが、山岳地帯ではそうはいかなかったのです。急峻な山の中を大型の兵器は移動できません。空爆するにも分散し個別行動する敵を視認することも困難です。さらに、これは個人的見解なのですが、山の中では上にいるほうが圧倒的に有利だと思います。山歩きをする場合、どこでも歩けるわけではなく、大抵は沢沿いか尾根沿いになります。ルートが確保できてない場合は、木々が覆う尾根は少なくなると思います。地図ではわからない難所もあります。つまり、地の利に秀でた北ベトナム兵が山の上からアメリカ兵を待ち伏せする構図が見えてきます。

図表8:ベトナム地図 (引用元:グーグルマップ)

要するに、山岳での戦闘に引き込むことで、アメリカ軍の兵器を無力化し、兵員の差を解消した、これは北ベトナムの兵站の勝利といえるのではないでしょうか。

とはいえ、実際の損害は北ベトナム側(976,700人戦死)がアメリカ側(225,000人戦死)より多かったのです(南ベトナムはアメリカの傀儡政権で独立の士気は低かったようです)。ベトナムは古来、大国の干渉を受けつつ独立を保ってきた歴史があります。その中で醸成された不屈の独立心が、今度はアメリカという大国を跳ね返したといえるかもしれません。

一方、したたかな外交も見て取れます。アメリカの同盟国との間に亀裂を所持させるための外交と、アメリカ国内の厭戦気分を醸成することに成功しました。そのために、あえて戦争を長引かせる戦略さえ選択したのです。

「… 北ベトナムは、戦争努力を支えていた米国の政治的コンセンサスを分裂させるべく効果的に外交とプロパガンダを駆使することで勝利した。(エドワード・ルトワック/エドワード・ルトワックの戦略論)」

「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続である(是本信義/図解クラウゼヴィッツ戦争論入門)」

それもこれも、前述のとおり不屈の独立心という背景があったからでしょう。

振り返って思うのは、兵站は大戦略に組み入れられるべきものだということです。ベトナムの精神というべき、ホー・チ・ミンの覚悟を示した言葉を紹介します。

「奴隷として生きるより、生贄に殉じる方が良い」

【まとめ】
ビジネス・ロジスティクスの分野では、ロジスティクス戦略などという言葉がよく出てきます。ビジネス・モデル構築の際などで、物流はどうするのか、という問いのように思えます。つまり、大戦略になっているケースは少ないのです。アマゾンや楽天など、ネット通販にみられる程度でしょうか。

それだけでなく、危機の際にこそ物流は重要になります。兵站を参考にすべき部分は未だ多いように思います。

P.S.メルマガは一方向の情報になりがちです。疑問やコメント等ありましたら、返信いただけると幸いです。


【出典元】
・精選版 日本国語大辞典 (兵站…孫引き)
・江畑謙介:軍事とロジスティクス
・コア東京Web:都市の歴史と都市構造 第2回
・マーチン・ファン・クレフェルト:補給戦
・wikipedia:ベトナム戦争
・世界史の窓:ベトナム戦争
・中野明:Excelで学ぶランチェスター戦略
・三野正洋:ベトナム戦争
・内藤博文:「半島」の地政学
・名言格言.NET:ホー・チ・ミンの名言格言集

著者プロフィール

大原欽也

主任研究員

職歴
メーカー:研究開発、生産管理、生産改善、原材料調達
物流:工場出荷管理、物流センター管理、SCM開発、コンサルティング


キャリアのスタートはモノづくりでした。調達から製造、出荷まで、様々な角度から関わってきましたが、自身では改善屋だと位置づけています。その後、物流の仕事に移り、出荷、輸配送、倉庫管理、サプライチェーン等の管理や改善を行ってきました。統計的管理や生産管理、会計管理等の手法を物流に適用して、オペレーション改善、マテハン制作、システム開発、SCM開発等で、改善屋としての仕事をしてこれたと思っています。

得意分野

  • 生産管理
  • 工場出荷管理
  • 物流センター管理
  • SCM開発
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