労務管理ヴィッセンシャフト

定額残業制の適切な取り扱いについて

2025年6月11日

労務管理ヴィッセンシャフト vol.35
野崎 律博

 

◆定額残業制とは何か?メリットとデメリットについて

月日の経つのも早いものです。今月は6月ということで、もう1年の半分近く経過しつつあります。季節は初夏ですが、あの暑い夏がもうじきやってきますね。

さて、今月は定額残業制についてお話したいと思います。定額残業制とは、従業員が一定の時間外労働を行うことを前提として、あらかじめ決められた額の残業代を毎月支給する制度です。定額残業制は一般的に「固定残業制」や「みなし残業制」などともいわれており、あらかじめ定められた残業時間について、実際の時間外労働の長短や有無にかかわらず、固定給として計算された残業手当を支払うことをいいます。

定額残業制のメリットとして、時間外労働が固定扱いのため、賃金計算などの業務を簡略化することができます。また従業員側からのメリットは、法定時間外労働(残業)の有無にかかわらず、一定の時間外労働が行われたと「みなされ」ますので、定められた残業手当について毎月受給することができます。

もう一つのメリットとして、定額残業制としてみなした時間外労働を超える残業が行われない限り割増賃金が増えないことから、残業することにたいするインセンティブが低下し、残業時間抑制につながるといわれております。

デメリットとしては、行われた残業があらかじめ割増賃金分と見なした額または時間を超えた場合、その超えた時間に相当する割増賃金をその都度支払う必要があることです。定額残業というと、残業時間の長短に関わらず毎月同じ残業手当を払えばよいという印象がありますが(そういう誤解をされている事業主の方も多い)本来の額を下回ることは、労基法違反となり、未払い賃金紛争の火種となります。

◆定額残業の適法性が認められるための要件について

定額残業制を適法に制度運用するためには、一定の要件を満たしている必要があります。その要件とは大きくいって二点です。

第一に、賃金体系において割増賃金相当部分をそれ以外の賃金部分から明確に区分することができることです(明確区分性といいます)。例えば実運送会社さんの賃金で、歩合給に残業部分が含まれるといった運用を目にすることがありますが、その場合であっても、歩合と残業手当は明確に区分されている必要があります。この場合の割増賃金見合給とされる部分は、割増賃金算定の基礎となる賃金からは控除されます。

第二として、実際の残業時間に対する割増賃金が、あらかじめ割増賃金分として区分した額または時間を超えた場合、超えた分に相当する割増賃金について、定額部分に併せて差額も支払う必要があることです。これは先に述べたとおりです。

また定額残業制は労働契約内容の一つであり、これら制度をとることについて雇用契約書において合意され、契約内容の体をなしていることが必要となります。雇用契約書と申しましたが、これらは労働条件の一部でもあるため、就業規則等に明記されていることが望ましいといえます。

◆定額残業制を巡る労務紛争の判例

このように運用のための要件が整っている必要があることから、いくつかの労務紛争の中で割増賃金未払いとして会社側が敗訴した労務紛争があります。

ある事例ですが、運転手に対する歩合給を計算するにあたって、売上×一定割合によって算出される金額から時間外労働に相当する金額を控除し歩合給に充てるという給与規定が無効とされた判例があります。ドライバーに対する賃金の総枠は売上高に一定割合を乗じて算出し毎月計算されているのですが、算出された総額から割増賃金を控除した額が歩合給とされるということは、残業時間が長ければ長いほど、歩合給が減ることになります。逆に残業時間が短いと残業手当が減り、その分歩合給が増えることになります。これは理屈の上では先に述べた明確区分性も満たしており、かつ所定賃金に対して法定割増率を乗じて割増賃金が計算されていることから、コンプライアンス上の問題が無いようにも思われます。しかしながら、歩合給と割増賃金の総枠は、売上×一定乗率によって定められていることから、残業の長短に関わらず支払われる賃金の総額は変わらないことになります。

なぜ会社側が敗訴したかと申しますと、この事案について当該従業員は「残業すればするほど、歩合給が減額されるのはおかしい」という主張が認められた点にあります。

◆定額残業制の本来の目的とは

このように労務紛争の火種となりやすい定額残業制ですが、この制度の本来の目的とはどこにあるのでしょうか?残業代が定額となることにより、給与等の大幅な変動を抑えることができます。ことに運送会社においては、企業支出のうち人件費は大きな割合を占めますので、これを正確に把握することは、事業予測や資金繰り計画等を立てやすくするメリットがあります。

また毎月行われる賃金計算の手間がかかるのが残業手当計算ですが、あらかじめ定めた固定残業時間までは残業代の計算が不要となるため、給与残業代計算業務の負担を軽減することができる点にあります。

しかしみなし時間を超えた時間外が行われたにもかかわらず、追加残業代が支払われない等の未払い賃金事案も起こりやすいため、適正な運用のための理解が不可欠であるといえます。 

著者プロフィール

野崎律博

主任研究員

公的資格など
特定社会保険労務士
運行管理者試験(貨物)


物流事業に強い社会保険労務士です。労務管理、就業規則、賃金規定等各種規定の制定、助成金活用、職場のハラスメント対策、その他労務コンサルタントが専門です。労務のお悩み相談窓口としてご活用下さい。健保組合20年経験を生かした社会保険の活用アドバイスや健保組合加入手続きも行っております。社会保険料等にお悩みの場合もご相談下さい。

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