AIがもたらす創造的破壊(その2)
2025年7月16日
『旅するお荷物 vol.9』
大原 欽也
⇒ (その1)はこちら
【AIが社会にもたらすもの】
(その1)のニューラルネットワークの概略を理解していただいた上で、ニューラルネットワークを含めたAIが社会へどのように適用しうるのか具体的に考えてみました。
●アナウンサー
声だけなら既にあるのですが、アナウンサー本人の動画までのものも、ようやく登場したようです。アメリカの裁判所の情報発信に、ダニエルとビクトリアというAIアナウンサーが採用されたというのを見つけたのですが、若干の違和感が残るものの、それ以外は生身の人間と区別がつきませんでした(図表4)。大手メディアではなく、裁判所の情報発信に採用、というところを考えてみてください。おそらく、大手メディアは、若干の違和感、に躊躇する部分があるのかもしれません。いずれにしろ、新機軸ののろしが上がるのは、往々にしてメインストリームではなく、辺境においてです。気づかずにいるうちに取り残されてしまうのもよく聞く話です。

図表4 AIアナのダニエルさんとビクトリアさん
(アリゾナ州最高裁判所の公式ホームページより)
●病気の判定
いろんな病院にいっても不調の原因が見つからなかった、という話をよく耳にしませんか。これは、なにも医者が悪いわけでもなく、必要とされる知識が膨大すぎるためでもあります。こういう場面では、馬鹿力のコンピューターが得意だし、さらに、ニューラルネットワークは病名特定のための論理が必要ないために、余計に有利です。もちろん、一次診断までで、その後は専門医の診断を受ける、という流れになるでしょうが、医師や看護師の負担は激減すると思います。
※ニューラルネットワークについては(その1)ご覧ください。
●弁護士/検察官
これも、病気の判定とほぼ同じです。こういった知識の量がものをいう分野では、役に立ちます。これも、あくまで人間のサポートという使い方です。法廷でコンピューター同士がやり合うというのではありません。
●金融
投資関係は、プログラムの優劣が勝敗を決めるようなところがあります。お金もたっぷりあるし、ただいま現在も盛んに開発しては使っているのではないかと推測します。ただ、もしも、今までの論理的なプログラムよりニューラルネットワークの方がいいとなった場合、プログラムによる差が少なくなるかもしれません。もしそうなれば、市場は完全に効率的になったあげく均衡することになりかねず、だとすれば市場そのものの存在価値がなくなってしまうことになり、その暁にはリーマンショックのような事件もなくなるのでしょうか。
●検索エンジン
検索エンジンという言い方がいいのかどうか、要は“チャットGPT”の類です。とにかく便利なのは、文章での質問に答えてくれるところで、ご丁寧に付加的な情報まで添えてくれます。
これらのAIは、ネット内の情報を調べてネット上に回答してくれます。そうすると、やがてどうなるのでしょう。チャットGPTが生成した回答をチャットGPTが調べて、その回答をまたチャットGPTが調べて…というフィードバックループが出来上がります。フィードバック自体はとても有用な考え方で、ほとんどすべての技術分野、もちろんIT系でも活用されています。とはいえ、危険もあって、例えば、Web会議で発生するハウリングや無限ミラーリングに陥ったりするのもそうです。チャットGPTがどうなるかはわかりませんが、一つの可能性として、回答が同じようなものに収れんしていくこともあるのかと思います。
なお、図表1(その1に掲載)は、”Dreamia”に、ハブ&スポークをネットワーク理論でいうノード&リンク的に表現してもらった絵です。
●まとめ
以上、述べてきた具体例は、予測というものではありません。実現されているかどうかはともかく、すべていまの技術でできるであろうものです。
気がつかれたかもしれませんが、いずれも知的水準の高そうな分野です。意図的にそういう分野を選別したわけではありません。実は、知的水準の高い分野の方がAIの得意科目なのです。ここに、みんなが勘違いしてしまうAIの不思議な特性があります。以下に詳しく説明します。
【AIパラドックス】
野村総研が10年前(2015年)に、将来AIやロボットに置き換わる業務の予測をしています(実際には英国の大学の先生などとの共同研究)。そこでの結論は、「創造性、協調性が必要な業務や非定型な業務は、将来も人が担うが、それ以外の49%の業務はAIやロボットに置き換わる」というものでした。具体的には、
●将来も残る業務(一部のみの抜粋)
グラフィックデザイナー、アナウンサー、各種医師、法務教官・・・
●将来AIやロボットに置き換わる業務(一部のみの抜粋)
〇〇作業員、〇〇製造工、〇〇事務員、〇〇オペレーター・・・
いかがでしょうか。すっかりはずしています。むしろ、残る業務と置き換わる業務を入れ替えたほうがよかったぐらい。別に、野村総研(とイギリスの先生方)が悪いわけではないのです。なんにしろ、専門家の予測というのも外れるのが常なのですから・・・私も含めて。(ならば、いっそ予測などしないほうがいい、などといっているわけではありません、予測は大切です)
私があえてこの資料を引っ張り出したのには理由があります。野村総研(とイギリスの先生方)は、知的水準の高い業務が残り、単純な業務は置き換わる、と予測しました、そしてはずしました。逆なのです。AI(というよりIT全般)は、知的水準の高い業務が得意で、単純な業務は苦手なのです。ここに、AIが内に秘めたパラドキシカルな特性があります。
AI・ロボット研究者のハンス・モラベックは、次のように述べています。
「コンピューターが、知能テストやボードゲームのチェッカーで大人レベルの性能を発揮させることは比較的容易であるが、知覚や移動に関して1歳児のスキルを与えることは難しいか不可能である」
要するに、「人間に困難なことはAIには簡単、人間に簡単なことはAIには困難」ということ。これを“モラベックのパラドックス”といいます。野村総研(とイギリスの先生方)は、このことを見逃したのかもしれません。
しかし、なぜでしょうか?話せば長いことで、もう一本分の原稿が必要になりそうなので、その説明は割愛させていただきます。
が、その代り、それらしい架空の話をしておきます。ある製品倉庫で所長がピッカーに指示を出します。「今まで小箱単位で出荷していた○○だけど、単価が上がってもいいからバラで欲しいというので、明日からビニール袋に入れて出して。出荷リストに赤字で手書きしておくから」。よくある話だと思いませんか。これが、自動出荷システムのピッキングロボだったとしたら、所長は指示できるでしょうか、システムは情報を伝達できるでしょうか、ロボットはピッキングできるでしょうか・・・多分できない、そういうことです。付け加えて、実際の証拠を示しておきます。
図表5は、1979~1999年と1999~2012年での、アメリカの労働者構成の変化を示しています。横軸はスキルの程度(といっても実際は収入をもとにしているようです)、縦軸は雇用シェアの変化率です。両グラフとも雇用を減らしたのは中間のスキルの労働者です。また、1979~1999年より1999~2012年の方が、高いスキルの労働者も雇用シェアを奪われている一方、低スキルの労働者は雇用を増やしています。著者のイングルハートは、この原因として、AIの発展をあげています。このデータは、まさにモラベックのパラドックスの傍証になっているのではないでしょうか。
なお、1999~2012年では、一握りの最高度のスキルの労働者もシェアアップしています。知的労働は大量の知識を分類するような業務が多く、それならAIも得意なのですが、最高度のスキルとなると、AIにはできない創造性を要求されるということかもしれません。権力があるから居座っているだけかもしれませんが。

図表5 米国の労働者構成の変化(R.イングルハート/文化的進化論, より)
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【出典元】
・フィリップ・アギヨン,他:創造的破壊の力
・名和高司:シュンペーター
・涌井良幸,他:Excelでわかるディープラーニング超入門
・清水亮:教養としての生成AI
・田中秀弥,他:画像生成AIがよくわかる本
・坂本真樹:坂本真樹先生が教える 人工知能がほぼほぼわかる本
・前野隆司:AIが人類を支配する日
・野村総合研究所:日本の労働の49%が人工知能やロボット等で代替可能に
・ロナルド・イングルハート:文化的進化論
・アリゾナ州最高裁判所(https://www.azcourts.gov/)
・モラベックのパラドックス(Moravec’s paradox)とは?(ITmedia Inc.)
・小林雅一:ChatGPTが証明した「モラベックのパラドックス」とは?
(2023.07.08, ダイヤモンド・オンライン)
・Wikipedia:モラベックのパラドックス
・Dreamia(https://dreamina.capcut.com/ai-tool/home)
・チャットGPT(https://chatopenai.jp/)