都心に残る不思議な地名表記
2025年8月20日
『続・徒然日記』
葉山 明彦
日本橋・神田を冠する町名
私は東京都千代田区と中央区の2つの区に昼の住民(勤務地・通学地)として40年以上いたが、若いころはこの都心の住所や地名の表記で不思議に思うことがいくつもあった。その一つが日本橋地区や神田地区の町名である。日本橋では人形町、室町、大小の伝馬町どの町にも日本橋〇〇町と頭に「日本橋」の名が冠されている。神田地区も同様にすべてではないが昔の町名に神田〇〇町とやはり神田の名を冠している町がたくさんある。これはなぜなのか。

旧日本橋区21町は「日本橋」の名を町名に冠する。
神田地区も「神田」の名を冠する町名が多い。
身近なことだけに気になったので、ある時調べてその理由がわかった。それは戦争直後に遡る。1947(昭和22)年、東京都がそれまでの35区を現在の特別区23区の原型(当初は22区、後に練馬区が板橋区から分離)とする区割りに整理統合した。この時、現在の千代田区はかつての麹町区と神田区が合併、中央区は日本橋区と京橋区が合併してできた。
東京は戦前、今の大阪のように東京府と東京市に分かれていた。東京市は都心の35区部を管轄、それ以外の当時の郡部(現在の市町村)は東京府が管轄していたが、行政的には府は市を管理する立場にあった。食料事情が悪化した1942(昭和17)年、食糧管理法で配給制を導入すると府市重複で配給が滞り、当時の東条英機内閣は翌1943(昭和18)年、府市制をやめて東京都に一本化したという経緯がある。それが戦後、新憲法下の新地方自治法で特別区を一般市と同格の自治体に昇格させるべく、合併による区の整理統合を実施したわけである。ただ、合併するとなるといろいろな問題が生ずる。
そこで話は日本橋に戻るが、そもそも日本橋の人たちは日本橋の名がなくなる合併などには承服できなかった。そこで日本橋の名をなんとか残したいと運動するが、区名にとどめるのは無理が多い。それでも日本橋名の存続を根強く展開したことで、日本橋区の町すべてに日本橋を冠することを勝ち取った。この結果、今日まで21の町名に日本橋を冠する名を残すことになった。
神田地区も神田を冠する町名を残したい住民の心情は似たようなものだが、千代田区の場合はお役人の麹町区と町人の神田区というまったく位相が異なる区の合併だったので、中央区とはやや事情が異なる。そのためか神田では足並みが乱れ、冠が現存する町と冠を取り除いた町がある。昭和37(1962)年に住居表示に関する法律が制定され、その後住居表示の丁番化で町の統合が進むなか、神保町や駿河台、須田町など多くは神田の冠を残してスムーズに移行。なかには紺屋町、北乗物町、練塀町などかつての職人町を思わせる名の小さな町は丁番統合に参加せず、区画をそのままに冠を残して今日まで存在する。一方、鍛冶町、岩本町は冠を取り除いた丁番統合をほぼ成し遂げたが、町の一部が加わらず小さな区画で神田鍛冶町、神田岩本町が並立。大東京のど真ん中でなんともおかしなケースが残された。
橋がないのに橋の表記
もうひとつ、都心の地名で不思議に思ったのは、交差点の信号機脇の表示に「橋」の名前が多いことである。橋があるなら橋の地名表示もよかろうが、どこを見ても橋のかけらもないところに〇〇橋の表示がある。呉服橋、鍛冶橋、数寄屋橋、土橋、新橋、三原橋その他、小さな通りの交差点にも橋の名が表示されているところが多い。この理由は簡単で、表示された橋名の下にかつては川や運河があり、橋が架かっていた。それが都市化でいつぞや埋め立てられ、歳月が経ってそのことを知る人も少なくなったということだ。

都心には橋がないのに「橋」名の交差点表示が多い。
事実、東京駅の八重洲側には戦後もしばらく呉服橋から土橋近くまで江戸城の大きな外堀(現在は外堀通り)があり、銀座の町に至っては東西南北すべてが川と堀で囲まれていた。古い地図を見ると、日本橋から銀座にかけての一帯は驚くほど縦横に河川、運河が張り巡らされていた。埋め立てられた契機は、関東大震災後や太平洋戦争後のガレキ処理、1964(昭和39)年の東京オリンピックに向けた首都高速道路の建設などそれぞれの年代にあった。この背景にはかつて栄えた水運の需要が減り、モータリゼーションの進展で道路の拡張、高速道路化が必要となったこともある。また、都心部だけに「土一升が金一升」、埋めたてた小河川の上には住居やビルが堂々と建っているところもある。
千代田区、中央区とも都心なので時代の動きに対する変化は早いが、逆に昔から根付いた伝統や地名などをとても大事にする保守的な面もある。今回紹介した不思議な事実はそれが両立できない時に人が残した遺物で、そう思うと親しみも湧いてくる。
*日本橋地区には東日本橋、神田地区には内神田、外神田、東神田、西神田など冠でない表記で
旧区名を残している町もある。