東京の当世銭湯事情
2026年2月18日
『続・徒然日記』
葉山 明彦
半世紀少々で6分の1以下
今回は町の銭湯の話を書く。私は東京で生まれ育ったが、子供の頃にはどの町にも銭湯が1つや2つあった。昔の銭湯は入口からして破風(はふ・注1)造りで、中に入ると格子を組んだ高い天井があった。脱衣所の外には小さな庭があり、緑で覆われた池に鯉が泳ぐなど別世界。流し場は広く、湯舟は大きいのが熱さによって2つ、3つあり子供にとっては巷のワンダーランドだった。ただ、昭和の高度経済成長を経て、各戸に家庭風呂が普及したため、この何十年銭湯数は減少の一途で、東京都内の銭湯数はピークの1968年に2687だったのが、直近の2025年12月には417と6分の1以下まで減った。入浴料金は公定性となっており現在の東京都は大人(12歳以上)550円、中人(6~11歳)が200円で、これを高いととるか安いとるかは人によって分かれるが、1銭湯当たりの1日の平均利用者数約160人で大人、中人を按分換算しても収入は6~7万円台。湯舟や流し場の水道代、燃料費、光熱費、諸設備やその補修費などで、人件費を除いても収支はかなり厳しい。自治体の補助は多少あるが、経済面に加え維持管理する毎日の重労働は半端でなく、経営者の高齢化や建物の老朽化を機に廃業するケースが多い。
惜しい文化財的拠点の喪失
残念なのは町からこの重要文化財的な拠点がハード、ソフト面とも消えていくことだ。ハード面は前述した通りのしつらえである。特にまだ残る古い銭湯では入口の上にある唐破風、千鳥破風など神殿造りの屋根とその上にそびえたつ煙突は町のランドマークでもある。私はまだGPSのない時代に東京都浴場組合が発行した銭湯マップを携えて都内の銭湯に入りまくったことがあるが、地図で近くまで来て空を見上げ煙突や三角形の大きな屋根を探すと銭湯のある場所がわかった。破風造りの玄関をくぐり下駄箱に靴を入れ、番台(いまはフロントが多い)で湯銭を払うと別世界がある。そこから先はソフト面の領域。服を脱いでまずドーンと出てくる富士山の大きなペンキ絵が旅行気分を誘う。身体を洗って大きい湯舟に伸び伸びと浸かり、温まると外に出て庭を眺めたりする。心身ともにくつろぎ至福の境地だ。
古い銭湯がなくなる中で数年前、唐破風を保存する運動が下町であった。かつて都内の「キングオブ銭湯」といわれた北千住にあった大黒湯(写真①)が2021年に廃業し、立派な唐破風の屋根も取り壊されることになった。地元にとってはランドマークであり、精神的な重要文化財なのでなんとか唐破風だけでも残したいということになりプロジェクトチームを結成。近くの安養院という寺の住職が同寺移設を承諾し、費用はクラウドファンディングを募って集め実施できた。私は過去にこの大黒湯に数回通ったが、移設後に安養院を訪れて立派な唐破風の屋根を見た時は嬉しかった。(写真②)

写真①ありし日の大黒湯(千住寿町、2009年1月撮影)

写真②安養院に移された大黒湯の唐破風屋根(千住5丁目)
存続再生に活路求め奮闘
銭湯は漸減状態とはいえ、経営者が老朽化した銭湯をマンションに建て直し、1階に銭湯を残して上階を賃貸マンションにするなどで別収入を得て事業を継続するケースも少なくない。マンションの一角で広さこそ限られるが、ジャグジーや圧注浴、サウナなど設けてクアハウス的な機能をもたせ、憩いの場を存続してくれるのはありがたいことだ。こうしたケースは親族など継承する世代が銭湯を身体を洗うという場という面のみならず、リラックスする場、健康促進する場としてとらえ、多種類な風呂のほか休憩や飲食施設を整え、新しい観点から銭湯経営にチャレンジしていることが多い。
一方、一回りスケールの大きい銭湯再生話も出てきた。北区滝野川にある創業100年を超える稲荷湯(写真③)は併設する長屋とともに2019年末、国の登録有形文化財の指定を受け、さらにワールド・モニュメント財団(本部ニューヨーク、注2)の「文化遺産ウォッチ」(2020年版)に選定されて、この補助とクラウドファンディングでの資金調達で建物や設備の修理整備を行った。銭湯を周辺の町とともに再生・活性化していくことをめざす「せんとうとまち」という一般社団法人がプロデュースしたもので、こうした手法が注目を集めた。

写真③稲荷湯(滝野川6丁目)
稲荷湯は三段の破風を構え、高い天井の格子や富士山の絵、庭の緑と池など昔ながらの銭湯を今に伝え、映画「テルマエ・ロマネ」のロケにも使われた。ともに指定の対象となった長屋は銭湯に隣接するかつて従業員の住居で、「せんとうとまち」はここを通常は喫茶店として営み、イベント開催などにも提供する地域のコミュニティ拠点として使う。(写真④)建物の修理は地域の工務店や職人などを中心に行いリニューアルした。大きな富士山絵もこの時、書き直されている。また、この3月には水風呂を併設するなどさらに設備向上をはかる。

写真④長屋は喫茶店だけでなく活動の拠点
「せんとうとまち」は「銭湯とまちをつなぎなおす」というテーマで活動を広げて銭湯利用者を増やし、減少に歯止めをかけたいとする。こうした新たなフレームが出てくることはとても頼もしく、クラウドファンディングによる再生資金の調達も含め、銭湯存続に前向きの取り組みが各地に出てくることを期待したい。
(注1)破風=屋根の妻側の端部分。板で雨や風から屋根内部を守る。寺院など伝統的な建築物では唐破風、千鳥破風など装飾性やスケールのある破風造りが多い。
(注2)ワールド・モニュメント財団=略称WMF、NPO(非営利組織)としてフィールドワークや助成交付金、教育や人材育成を通して世界の歴史的建造物や文化遺産の保存に取り組む。「ワールド・モニュメント・ウォッチ」は最も危機に瀕している世界の遺跡、記念物を100件選び、リストを作成。稲荷湯はこの文化遺産の対象となった。財政面ではアメリカンエクスプレスが支援する