続・徒然日記

第2弾「ありそうでなさそうで実際にあった話」

2023年1月18日

『続・徒然日記』
葉山 明彦


前々回に私が上海に駐在していたころの「ありそうでなさそうで実際にあった話」を書いたら反響があり、10年前の駐在仲間からはまだまだ面白い話があるはずと言われた。脳の奥から記憶を引き出してみるとあるにはあった。そんなわけで、今回はこの“あり・なさ・あった話”の第2弾を書いてみる。

↓↓前々回のコラムはこちら
ありそうでなさそうで実際にあった話

まずは上海から他都市へ国内出張する時の話から。遠い都市に出張するときは当然、飛行機で移動することを考える。しかし、この飛行機が空港からなかなか飛ばないのだ。理由の一つは上海空港の混雑だ。当時、中国の経済発展から自国他国を含めた航空会社の上海乗り入れ便が増加し、国内線用の虹橋空港ではターミナルやエプロンを次々と拡張するも追いつかない状況となった。これは行き先となる主要都市の空港も同じでなかなか着陸できず、着陸してもスポットが混雑して接岸待ちが続く。さらに当時はPM2.5などの大気汚染が中国全土でひどく、黄砂が飛ぶ時期になったらなおさらで空港内でも数十メートル先が見えない状況もままあって発着しないことも多かった。

そんなわけで国内線の出発は誰もが遅れることを覚悟した上で搭乗するが、出張先にアポイントも取っているため、問題はこれがどのくらい遅れるかである。座席に着いて出発時間から15分待ち、仕方ないと我慢する。それが30分になるとまだ飛ばないのかと気になってくる。45分過ぎるといったいいつ飛ぶのだとイライラしてくる。このころになると機内はワイワイガヤガヤと文句が飛び交いうるさくなる。1時間が過ぎると堪忍袋の緒が切れそうになるが、このころやっと動き出したりしてホッとする。それでも飛ばない場合は暴動ものとなる。

しかし、もっと怖いのは早い段階から弁当が全員に配られる時だ。15~20分くらい待っているうちにキャビンアテンダントが乗客に次々と弁当を配っていくのだ。それはこの先1時間以上は飛ばないという合図なのである。暴動を起こさない未然策なのかもしれないが、弁当配りが始まると、乗客からは落胆の声、あるいは声を出せず苦虫をかみ潰した顔となる。それは少し経てば飛ぶというささやかな望みが一切奪われ、少なくとも1時間以上はこの狭い座席に監禁される刑が科せられることの宣告なのだ。

そうした経験から私は上海~北京間で新幹線を使うことが多くなった。中国では当時の5か年計画で全土に新幹線網を拡大していて、あちこちで事故を起こす粗製濫造ながら次々と路線を敷設していった。大幹線の上海~北京は比較的早く開業し運行は安定していた。時間は5時間20分ほどかかるが、航空の空港と市内間の移動と常習的な遅延を考慮すれば互角かそれ以上に早い。新幹線は上級席だと運賃こそ航空より多少高いが、座席が広く何より列車に遅延がないため、時間が読めるメリットが大きい。上海を朝早く出れば午後一番のアポには間に合うので、何より安心だ。

ただ、新幹線とはいえよいことばかりではない。上級席ではあまりないが、一般席を指定するとその席に誰かが座っていることがある。そこは私の席だと券を見せると、この3つ後ろの席なので替えてくれと座ったまま堂々とチケットを渡す。図々しい奴だと思いながらも車掌がなかなか来ないので、まぁ仕方ないかとその席に行くと、今度は誰か別の人が座っている。そこでその別人にまた文句を言うとあそこが空いているからそこに座ってくれと言う。誰も退く気配がまったくないのだ。これは指定席占有権という概念がなく、友だちと話せる席、あるいは通路側の出入りしやすい席など自分にとって都合のよい席が空いていれば座り、指定券をもった人には替わる席をみつけてあげればよいという習慣が身についているのだと思う。逆に私が自分の指定券席に座っていて席を替えて欲しいと言われたことはないが、航空便の時、前の席の男性が違う列から来た女性に席を替わってほしいと持ちかけられたが、「ソーリー、替えることはできない」とキッパリと英語で断っていた。これでよいのだと思う。私も座っている時に交換を要求されたらそうした毅然とした態度をとろうと思った。

次は中国の町中にあるカラオケ店の話をしよう。カラオケ店というと日本では歌を歌いに行く場所なのだが、中国のカラオケ店は歌も歌えるが、コンパニオンの女性がついて酒を飲むのを主とする場所である。店の格にもよるが、日本のクラブ、カラオケ、店によってはスナック的な要素も兼ねた複合形態の店で、コンパニオンは全中国から集まってきて外国語(日本語)が話せる人、話せない人、歌が歌える人、まったく歌えない人など人材はごちゃごちゃ。日本語の話せるコンパニオンのいる店は日本人駐在員にとって接待などでも利用し易く、特に日本人居住者の多い古北(グーベイ)地区近辺には店がたくさんあった。面白いのは同じビルの下階が日本人子弟むけの学習塾で、上階がカラオケ店というのもあり、お父さんと子供さんがビルで顔を合わせないかと他人ごとながら心配したこともあった。

上海全体で日本人が通っていたカラオケ店は最盛期には二百や三百はあったと思うが、中にはとんでもない店も少なくない。酒はボトルをキープするシステムだが、どこも有名な外国ウイスキーを置いている。そこそこ高いお値段だがキープできることもあって例えばSというボトルをオーダーし、封を開けてグラスに注ぐ。1~2杯飲むとウン?何か味が違うなと感じるのだが、歌やコンパニオンとの話でウヤムヤとなり、酔いもまわってその日はそれなりに勘定を払って終わる。そんな違和感も忘れて何日か後再訪しそのボトルで水割りを飲むと、ウームまた味が変だ。それを繰り返すうちに、これって本当にS?と従業員に聞くが「もちろん」などと答えが返ってくる。Sにしてはまずいのだが…。

一時はこちらの舌がおかしくなったのかと思ったが、ある知り合いが中国ではボトルの瓶もラベルも外見まったくSと同じウイスキーボトルを造る工場があり、中味を安酒にして閉封販売していると言われた。本物が手に入りにくい事情もあるのか、長くいる駐在員にはカラオケ店のニセモノウイスキーは公然の事実で、さらにコンパニオンが販売促進のため部屋の端にある溝や排水口にこのニセウイスキーを目分量ジャブジャブと捨てていることもけっこうあるという。そういえば前回こんなに飲んだかなと思うくらい残量が少なかったことがあり、おかしいと思っていたがやはりそういうことだったのだ。ある店の常連にはマスターから「きょうは本物のSが入荷したので飲みに来ませんか」と電話がかかってきたというので、驚きを飛び越えて笑ってしまった。ただ、そんな状況をわかっていても通わざるを得ない単身駐在員の切なさもわからなくはないので複雑な心境ではある。まったく魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界である。

著者プロフィール

葉山明彦

国際物流紙・誌の編集長、上海支局長など歴任

40年近く国際関係を主とする記者・編集者として活動、海外約50カ国・地域を訪問、国内は全47都道府県に宿泊した。

国際物流総合研究所に5年間在籍。趣味は旅行、登山、街歩き、温泉・銭湯、歴史地理、B級グルメ、和洋古典芸能、スポーツ観戦と幅広い。

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