好きな山歩きでリスクが増加
2025年10月22日
『続・徒然日記』
葉山 明彦
線状降水帯の発生
私は山歩きが趣味で毎年夏は登山に出かけるが、今年は北アルプスでたいへんな思いを経験した。山小屋に泊まって雲ノ平という北アルプスの中心部を歩き、下山する最後の日に線状降水帯の大雨に見舞われ、私としては珍しく体調を崩した。具体的にいうと双六小屋(写真①)という山小屋から新穂高温泉(岐阜県)に下りたのだが、天気予報は雨(事前に線状降水帯の予報なし)。

写真①雨具を着て万全のつもりで山小屋を出発したが(双六小屋)
最後の日なので覚悟して雨具を着け小屋を出たまではいいのだが、しばらくは強い風雨で2時間歩いて途中の小屋に着くまでに雨具だけでなく下着までびしょ濡れになった。小屋は待機客が多く入口から満員状態。ひさしを借りて立って雨をしのぐ程度の休憩だったが、ここで下の沢の増水で今後は渡渉が危うくなるかもという情報が舞い込んだ。ただ、下から登ってくる人も多く、いまならまだ大丈夫という情報を得たので早く行こうとこの小屋を発った。
低体温症の兆候
しかし雨脚は弱まることなく降り続け、2時間もすると身体が冷え、歯がガクガクと震えだして歩速が下がった。低体温症の初期の症状だ。これは大変と雨の中、まず下着まで濡れた着衣を着替え、行動食のパンを3つ食べて水分もとった。本来なら温かい湯を飲んで体内を熱するのがよいのだが、あいにく不備だった。これだけでも多少は回復したが、荷物が重く感じそれまでの速度で歩くことができない。ここは転倒でもしたらたいへんなことになると思い、一歩一歩時間をかけてじっくり歩くことに徹した。
一行には遅れをとったが、増水した沢になんとか着いてみんな渡渉することができた。沢には県警の山岳警備隊がいて工作したルートをサポート。数日前の雨で架橋が流されての派遣だそうだが、今後の雨脚次第ではこのルートも渡れるかどうかわからないとのことで、まずは体調不良とはいえ、ハードルを一つクリア。その後、止まぬ雨の中を耐えて1時間ほど歩き、次の山小屋では大休止できた。ここでラーメンを注文し温かいスープが胃に入ると体調は不思議なくらいよくなり、その後1時間の歩程を経て下山地の新穂高温泉にたどり着けた。
線状降水帯は後から後から雨雲が途切れず発生し、雨が弱まることがないそうで予測は難しいという。後にニュースで知ったが、この日は同じ北アルプス各地で線状降水帯が発生し、白馬岳や五竜岳では低体温症で何人も救助され、死者も出たという。私も線状降水帯と知らなかったとはいえ、近年の気象変化を甘く見たのは大いに反省しなければならなかった。
熱中症も隣り合わせ
しかし不思議なのは、その前週までは猛暑の晴天続きで北アルプスの山小屋では水不足になり、飲水は有料、余分な水はわけてくれない状況が続いていたという。その時期の遭難は熱中症が中心だ。昔の登山では夏場は低山が暑いため標高2500m以上のアルプス級に登るというのがあったが、近年のアルプスにそれは通用しなくなった。一般的に高度が100m上がると気温が0.6度下がるといわれるが、海抜ゼロ㍍の下界で35度の気温なら標高2500mの山で20度となり、炎天下や風がないなら体感温度はさらに上がる。これで汗をかいて十分な水分を取らず何時間か歩くと熱中症になってもおかしくない。私自身、過去に水分補給が十分でない夏場のアルプスなどで熱中症になりそうな経験は何度かあった。しかし、近年の異常気象は同じ時期に熱中症と低体温症が起こるような環境を作り出した。身をもって体験した者にとっても驚きを禁じ得ない。
熊の出没
もう一つ、山歩きのリスクとして最近特有の事象は熊の出没である。山歩きにおける熊との遭遇は永遠の課題であるが、少し前まで登山で熊というと北海道のヒグマの話が多かった。今夏、知床で熊に襲われ死亡した登山者がいたが、私も数年前同じ登山道に登った時、その前日、熊が大きな蜂の巣を抱えて蜜をむさぼり数時間登山道に居座って登頂から戻る登山者が下山できなかったという話を聞いた。そんなわけで北海道ではどの山でも熊を警戒したが、この2~3年は本州のツキノワグマの話題が増え、しかも山だけでなく畑地や住宅地など人の生活圏にも頻繁に出没している。近年、環境保全や動物愛護の思想から動物駆除が遠ざけられ、その結果山で熊の数が飽和状態となった。生存競争からあぶれた熊は食物を求めて人里に下りてくる。山でも人を怖がらなくなった熊が増え、登山道や林道、キャンプ場に下り、しばしば人と遭遇するようになった。
私は尾瀬で一度熊に遭ったことがあるが、北アルプスでも登山道のいたるところで熊の糞をみかけるようになったし、前述の雲ノ平へ行った後の8月中旬には太郎平キャンプ場(写真②)で熊がテントと食料を持ち去りキャンプ場が閉鎖されたそうだ。登山者は遭遇を回避しようと鈴の携帯は必至で、ピーピー音の出る笛から唐辛子の臭いを噴射するスプレー缶まで熊よけグッズを求めては、少しでも安心度を高めている状態だ。備えは万全にしながらもなるべくならお遭いしたくない輩である。(了)

写真②北アルプス・太郎平キャンプ場では8月19日、
クマがテントと食料を持ち去り、以後閉鎖となった。