交通事故を減らすには?(その2)
2026年1月21日
『旅するお荷物 vol.14』
大原 欽也
⇒ 交通事故を減らすには?(その1)
【リスク・ホメオスタシス】
ためしに車を運転している状況を思い浮かべてみてください。この際、制限速度は考えなくてよいとして、スピードはどのように調整しているでしょうか。
図表7にあなたの心理状態を解説します。あなたの心は一種のフィードバック制御システムになっていて、事故リスクが高いと思ったらスピードを落とすし、一方で早く着きたいと思ってスピードを上げます。この相反する2つの条件などの兼ね合いでスピードが決まります。決まったスピードだけのリスク(目標リスク)をあなたは許容しているのです

図表7:リスク認知と走行速度の関係
(出典元:芳賀繁「事故がなくならない理由」)
逆にいうと、目標リスクが一定になるようにスピードを調整していて、これをリスク・ホメオスタシスといいます。例えば、レーサーは公道でも目標リスクも高ければスピードも高いのだといえます。以上の考察から、驚愕の結論が浮かび上がります。
図表8にドライバーの運転技術とリスク管理能力で4象限に分けて、そこにドライバーの事故傾向を示します。
●事故の起こしやすさは、運転技能よりリスク管理能力で決まる。
●事故が起きたときの被害が少ないのは、運転技能の劣るドライバー。
●事故が多く被害も大きいのは、運転技能に優れたリスク管理ができないドライバー。

図表8:事故の多さとドライバーの特性
(芳賀繁「事故がなくならない理由」より引用)
要するに、私たちは認識を改める必要がありそうです。運転がうまくなるだけでは事故が防げるとはかぎらないということを。誤解してほしくないのが、運転が下手なほうが安全だという逆説ではない、ということです。そうではなくて、運転がうまくなるのはいいことだけれど、問題はそれ以上に過信してしまうことなのです。それさえなければ大いに上達するべきでしょう。当りまえか。
心理学の知見に「優越の錯覚」というのがあります。人間は、なんの技能にしろ「自分は平均より優れている」という過信をもっているのだそうです。たいていのドライバーは自分の運転技能は優れていると思っています。個々人の心のうちのことなので、この認識を変えることは極めて困難なのでしょうが、もしそれができたら、効果絶大ではないかと思うのです。
なお、以上の説明は、初心者ドライバーの事故率が多いことと矛盾しているではないか、との反論があると思います。それは、初心者の目標リスクのスピードが周囲のスピードより低いからだと思います。初心者は無理にスピードを上げねばならず、周囲のドライバーは流れより遅い車に対処しなくてはならないので、事故のリスクが上がるのだと思います。また、過信は少し慣れ始めたころに生じるという心理的現象もあるそうです。
【それでも交通事故が減らすには?】
以上、長々と説明を試みてきましたが、正直にいえば、私は二つの理屈(物理的な理屈と心理的な理屈)を充分リンクさせることは未だできていません。どちらも正しいけれど、互いに矛盾しあう部分もあるのかも、と思っています。
それでも、取りあえず、二つの理屈をまとめると、このままいけば交通事故の低減は頭打ちになる可能性が高い(物理的な理屈)ものの、道路利用者に自制を促すのも難しい(心理的な理屈)、といったことでしょうか。それでも希望を感じるのは目標リスクの改変の可能性です。困難であろうことは説明したとおりですが。
実際、トラックドライバーに「運転していて自分のリスクレベルをどのくらいにしているか?」などと聞いても、何をいってるのかといぶかしがられるのでした。それはそうで、よく考えたら私自身、自分の目標リスクをどうやって決めているのかわからないのです。つまり目標リスクは、乱暴に言うと想定される事故率ともいえるはずなのに、事故率の程度を本人が分かっていないのです。
そもそも目標リスクは運転経験を積む中で自然に身についたものです。それを変えるなどということができるものでしょうか。できることは、先ずは地道な啓蒙活動でしょう。リスク低下行動に対して、利益を与える、リスク低下行動をやりやすくする。リスク増加行動に対しては、その逆の対応をする。以上の方針に基づき、様々な具体策が考えられそうです。とはいえ、どこか間接的な感じがして、直接的アプローチとはならないような感じがしてしまいます。
なぜかというと、目標リスクは意識の下に潜在的に秘められた数値化されない曖昧なもので、だからこそ意識的に知ることも制御することも困難だと思うのです。手の届かない曖昧な相手に、直接指示も要請もできようがありません。曖昧な目標リスクのもとで行動した時の、事故の起こりやすさ(具体化されたリスク)を認識させることはできないのでしょうか。それが強力にできれば、腹落ちするのではないかと思います。要するに問題は、自分の目標リスクの元での、実際の事故の危険性がはっきりしないことではないかと。ならば、状況に応じた自分の目標リスクに応じた運転で、どれだけ事故にあうかを体験できればよいはずです。いつも通りに走っていたら、こんな事故にあってしまった、という体験です。
【シミュレーター】
もちろん、本当に事故にあっても困ります。その代り、ドライブ・シミュレーターを使った疑似体験です。そもそもそういう目的のものでもあるし。実際に試したことがある方もおられるのではないでしょうか。
しかし、ここで重要なポイントは、制限速度は関係なく、自分が快適(≒目標リスク)なスピードで運転してもらうこと。そして、事故にあってもらう。次に目標リスクより感覚的に10%なり20%なり控えめに運転してもらう。そして、多分事故を回避しやすくなる。そうすれば、目標リスクをどれだけ下げれば、どれだけ事故を起こさずにすむか、感覚として体感できるはずです。理屈ではなく、心に訴える効果があると思うのです。それで、腹落ちするのではないかと思うのです。
本当でしょうか。
図表9に走行スピードの変化と事故率の変化の関係を示します。これはあくまでアメリカでの調査から得られた経験則です。また、スピードの変化0のところが目標リスクのスピードとも限りません。とはいっても、スピードを抑える効果は絶大です。スピードを5%落とせば、死亡事故は19%減少し、10%落とせば35%減少します。全事故数でも、スピード-5%で事故-10%、スピード-10%で事故-19%です。もちろん、日本とは交通事情が異なるので、効果の程度は違うでしょう。しかし、個々のドライバーがどれだけスピードを下げればどれだけ事故が減るのか、逆にどれだけスピードを上げればどれだけ事故が増えるのかを納得できれば、自然に自制心が働くのではないでしょうか。

図表9:走行スピードの増減と事故率の関係(経験則)(「International transport forum:Speed and crash risk」より引用)
誤解がないように述べておきますが、私は個々のドライバーがそれぞれの目標リスクの何%かを下げたスピードで運転すべきだといっているのではありません。そんなことをしたら、スピードのまちまちな車が走り回ることになり、交通の流れが壊れてしまい、かえって危険だと思います。そうではなくて、只今現在の流れのスピードが自分の目標リスクのスピードと比べてどうなのかを意識することができるということです。上回っていればいつも以上に慎重になれるということだし、場合によっては目標リスクを下げるようになるかもしれません。もちろん素人の思いつきなので、これから先は交通心理学などの専門知識による検討が必要なことは言うまでもありません。個々人が目標リスクと危険性との関係を認識すれば、自分の心にブレーキが掛かると思った次第です。
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【出典元】
・社会実情データ図録 (本川裕)
(https://honkawa2.sakura.ne.jp/)
・国土交通省:最近の交通事故発生状況について
(https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001873159.pdf)
・International transport forum:Speed and crash risk
(https://www.itf-oecd.org/sites/default/files/docs/speed-crash-risk.pdf)
・G.S.ワイルド:交通事故はなぜなくならないか
・芳賀繁:事故がなくならない理由
・D.シャイナー:交通心理学入門
・松浦常夫:交通心理学 (シリーズ心理学と仕事 18)