旅するお荷物

サプライチェーン今昔物語(最終回)

2026年7月22日

『旅するお荷物 vol.19』

大原 欽也


「どれだけ品質が向上しても」と、メカニックは言った。「日本だけはそれと無関係ですね ―― 少なくともこのがらくたを作った日本の工場だけは。」これは、A・ヘイリーが1971年に著した「自動車」の日本語訳の一節です。ヘイリーに限らず、日本車に対する米国民の認識はこの程度だったと思われます。

それから、僅か10年後の1980年代には日米貿易摩擦が起きて、アメリカは何としても品質に勝る日本車の輸入を制限しなければならない状況に追い込まれました。米国民にすれば、優秀な自国の自動車が日本車に席巻されるような事態は理解できなかったし、席巻されるからには日本側に何らかの不正があってのことだと思ったのでしょう…未だにそう思っているフシがありますが。

実際は、日本車は品質を向上し続け、米国車を凌駕しつつありました。それでも人間の認識は変わらないもので、日本車のオーナーでもなければ優秀さは理解できなかったのも無理ありません。思い返せば、この事態は、世界の交易の表舞台が大西洋から太平洋にシフトするという、歴史的大転換点の現れでした。今回は、世界交易の歴史を物流の立場からサプライチェーンの変遷として振り返ったうえで、未来を占ってみようと思います。
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【グローバル・サプライチェーン】
大量生産を続けるうちに、徐々に需要が満たされ始めました。時には製造過多、つまり 需要<供給 の事態が生じることも出てきたのです。これも、人類史上初めてのことです。モノ余りです。これは現在進行形の第二のエポックといえます。製造においては不動在庫の危険が生じますが、押し込み型の生産方式ではこの危険への対処が困難です。需要変動への対処が生産方式に組み込まれていないのです。

ここから話は太平洋を飛び越え日本に移ります。日本独自の生産方式の特徴は、需要に応じた生産でして、それが大量生産方式を凌駕したといえるからです。これは、物流においても同様で、サプライチェーン全体が需要主導で動いていますし、そうでなければ意味がありません。

日本の生産方式の代表格はトヨタ生産法式ですが、同様な方式はトヨタに限らずいたるところで採用されています。その生産方式の特徴を表す言葉としては、「ジャスト・イン・タイム」、「必要なものを・必要な時に・必要なだけ」、「後工程引き」、「プル型生産」などがあります。

これらの言葉が何を表しているかというと、供給は需要元からの要請があってからなされるべき、ということです。サプライチェーンとは言いますが、実は図表10に示すように、原材料から最終消費者まで、需要が主導する供給の連鎖がチェーンのようにつながっているのです。一つ一つのチェーンの中で、需要の発生と供給の遂行がなされることで、全体の供給が完遂されます。

図表10 後工程引き生産の模式図 (生産計画を考慮せずに簡略化して描画)

需要主導のサプライチェーン・システムは、押し込み型に比べてはるかに複雑で、ここで論じるには重たすぎるので割愛します。一言だけ述べさせてもらうと、一つ一つチェーンを需要情報主導の後工程引きにしつつ全体が同期されるわけで、そのために例えば、かんばんシステムを実装するのです。あるいは、制約理論(TOC)ならばドラム・バッファー・ロープ(DBR)です。需要に応じた柔軟な生産体制が、日本を世界の工業国に押し上げた一因であり、その結果、交易の海が太平洋に移ったのです(図表11)。

図表11 現代グローバル化後のサプライチェーン領域のイメージ (引用元:wikipedia掲載地図より)

とはいえ、太平洋海上交通を支えたのは、巨大コンテナ船でしたが(図表12)。巨大船による物流コストダウンもグローバル化の大きな要因でした。一方で、需要主導という意味では改善の余地があるのかも知れません。

図表12 巨大コンテナ船MOL(出典元:商船三井ホームページより)

※コンテナ船による輸送システムはグローバル化の一因となった

太平洋飛び越えた生産の主体は、さらに西へ進む一方で、需要の主体が、モノだけでなくサービス・情報が増加している、というのが現状です。なお、もちろん、アメリカの自動車産業もずっとフォード式ということではなく、混流生産等など、多品種対応の仕組みを構築してきました。また、貿易摩擦の最中、大型研究プロジェクトを立ち上げ、日本の生産方式を徹底的に分析した結果、「リーン生産方式」と名付けて絶賛しています。しかし、基本的な思想として供給主導のスタイルはなかなか変わらなかったように思います。

さて、ここでサプライチェーンの拡大の推移を数値化すると図13になります。一人当りGDPと重ねてみると、サプライチェーンの拡大が起こり、その後にGDPが増加したように読み取れますが、これは今までの議論と整合します。サプライチェーンの拡大とは、換言するとグローバル化そのものであり、問題を孕みながらもグローバル化が個々人を経済的に豊かにしたのです。

図表13 中世ヨーロッパのサプライチェーン領域のイメージ

近年、グローバル化を問題視する向きも多く、それはその通りなのですが、弊害を無視しバランスを欠いたグローバル化こそが問題なのだと思います。そもそも一国の経済は交易なくしては成り立たないはずです。

ならば、適切な障壁のもとに貿易すればよいですが、ここで物流に注目すべきなのは、サプライチェーンを効率化して物流コストが下がれば、それは関税障壁が下がるのと同じ効果をもたらすということです。そもそも現在のグローバル化の一因もそこにあるようです。なので、国際貿易を評価・調整するにあたっては、物流コストにも注目すべきなのです。

以上、サプライチェーンの拡大の歴史を概観してきました。 それでは、これからどうなのか。 図11のように、もはや制すべき海は残ってないように思われます。 もちろん、極地方の海とか、大陸ならサハラ以以南のアフリカとか、未だ国際サプライチェーンに十分組み入れられていない地域もありますが、今日までの拡大に比べれば、それほど大きなものではないでしょう。 物流的に、です。 だとすれば、新たな需要の掘り起こしは困難なのでしょうか。

需要主導の社会の行く末
供給が需要を上回ったとはいっても、未だ社会の一部、中間層から上だけの話だと思います。だとしても、この傾向は着実に進行していて、その結果、商品の量は増えずに種類が増えてきています。製造も物流も、ますます多品種対応を要請されるわけで、大量にさばく能力より、管理技術の優劣が競争優位をもたらすことになります。

なお、先に述べておきますが、人間は商品種が増えると選択しなくなるので商品種は絞り込むべき、との意見も散見しますが、この話、真実の半分しか述べていないと思います。詳細は割愛しますが、メーカーとしては、品種を絞り込む誘惑は大きいでしょうが、リスクもそれ以上に大きいですし、実際、品種は増えて続けています。例えば、自動車を購入するとき選択すべきオプションの多さ(と販売員のスキル)に驚かされます。私が近所のスーパーでジャムの種類を数えたら、なんと69種類ありました。商品は多様化していくのです。

気になるのは、この傾向が今後どうなるのかですが…。需要が供給を上回ったのは社会の一部と言いました。しかし、個人的な推測の域を出ないのですが、すでに社会全体として上回った国があるのではないか、第二のエポックをほぼ完了した国があるのではないかと思えるのです。

それが日本です。デフレから脱却できていないし、経済規模は縮小したままだし、何より生活に困窮する人も多いことを了解したうえで、その起点はバブルがはじけた1990年辺りかと思うのです。

図表14は主要国のジニ係数の推移です。数値が高いほど経済格差が大きく、したがって貧困層も多いと考えられます。日本はかなり高めで、これが格差社会といわれる根拠ともなっています。しかしこの指標にも問題があって、社会全体の貧困度合いは示されないし、年齢構成や所得の傾向(年功序列など)の影響も受けます。

図表14 各国のジニ係数推移 (引用元:Spaceship Earthより, 日本を強調して表示)

そこで、アンケートというやや曖昧さが生じるデータですが、図表15に、貧しさのために断念した生活必需品購入やサービスの回数を示します。国民性等のバイアスも影響するでしょうが、それでも日本が圧倒的に困窮している人は少ないといえます。さらに、2002年より2013年の方が少ないのです(古いデータではあります)。日本は貧しい人が少ない国といえます。データは割愛しますがじつは所得差も少ない国といえるようです(直近は少し違うかも)。

図表15 貧しさのために断念した生活必需品やサービスの過去1年間の回数

(引用元:本川裕「統計データが語る日本人の大きな誤解より」一覧表をグラフに表示)

思い返せば、東日本大震災が起こった時、被災地の人達は協力して支援を待ちつつ自助に努めました。日本では自然に見える光景ですが、そのうち助けがやってくるという確信があればこそ待てるのです。その確信は過去から積み上げられた文化に根差していると思います。海外では支援が期待できないと考えるから暴動が起こるのだと思います。生活必需品だけでなく耐久消費財まで奪われるのは、困窮者が多いからではないでしょうか。私たちは他者に危害を加えなくてすむ、というぜいたくを享受しているのかもしれません。東京オリンピックの来訪者は、インフラの利便性や食の多様さや安全性を評価していました。一言でいえば、豊かということではないでしょうか。

考えてみれば、自由競争を促しことで経済発展すれば、業界毎に独占または寡占に帰結するように思えます。これは経済原理というより、優先成長という物理法則だと思います。一極集中し選択肢が減り多様性が廃れます。それは個々人の競争でも同じです。同じ物理法則のもと、一部の成功者を除き、大多数の人々は所得が増加してもインフレ率を下回ったりするのです。これは豊かとはいえません。

もちろん只今現在、日本には貧困や大きな格差は存在します。しかしそれは、所得や富の分配や公共サービスなどの社会制度が対応しきれていない部分もあるのではないでしょうか。特に、海外投資や情報産業が経済の主体になると、税制や社会保障制度の見直しが必要なのではないでしょうか。

狂乱のバブルが崩壊して、気が付いたら欲しいものがなくなっていたのかもしれません。自分が欲しいと思っていたものは周りの皆が欲しがっていたものでしかなく、回りの皆が欲しがっていたものは単に高価なだけのものでしかなかった、ことに気が付いた。

もちろんこれからもお金は大切だし必要です。しかし、お金の多寡と個々人の欲する価値はイコールではないことの社会的気づきが起こったように思えます。それで経済学的には評価しにくい社会的な豊かさがを評価しようとする試みも現われ始めているのではないでしょうか。私は日本の特殊性を見誤っているのでしょうか。

【未来のサプライチェーン】
メーカーも物流も当面は商品種の増大に悩ませる流れが続くでしょう。商品種を増やす元凶はマーケターです(失礼)。彼らが多様化する消費者ニーズを汲み取り商品化し、その結果売り上げが増大するわけです。それでもマーケティングは如何に統計学を頼りにしようとも、当たりもすれば外れもして心臓を傷めつける世界です。まぁ、当たり外れの理由がわからないから統計に頼るのですが…

そこに僅かな変化も出てきました。消費者ニーズを汲み取り切れない中、消費者が直接メーカーに新たな商品を依頼する事態が出てきました。マスキングテープや文房具など、まだまだ僅かな市場です。けれど、このパターンが発展すると産業の世界観が変わります。需要の前工程といえるマーケティング時点の情報の流れが変わります。

例えば、資材倉庫の2階に3Dプリンターを据え付け、個人の依頼で少量の商品を製作し、依頼主が使うと同時にネット販売をすると、中にはヒットするのも出てくる、みたいな世界。この倉庫を運営する会社は、倉庫業なのか製造業なのか小売業なのか。件の依頼主は製造業なのか小売業なのか消費者なのか。

それはともかく、この商品の価値はお金では測りきれないものでしょう。そうなれば、経済の仕組みも変わらざるを得ません。未来から見たら、現代の経済人(ホモ・エコノミクス)は原始人のように映ったりして。

メルマガは一方向の情報になりがちです。疑問やコメント等ありましたら、返信いただけると幸いです。


【出典・引用元】
・ウリケ・シェーデ:再興 THE KAISHA
・ウルリケ・ヘルマン:資本の世界史
・ジェームズ・P・ウォマック,他:リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える
・トマス・ロバート・マルサス:人口論
・ハンス・クリスティアン・フライエスレーベン:航海術の歴史
・マルク・レビンソン:コンテナ物語
・マルク・レビンソン:物流の世界史
・吉川洋:人口と日本経済
・宮下直, 西廣淳:人と生態系のダイナミクス 1.農地・草地の歴史と未来
・玉木俊明:物流は世界史をどう変えたのか
・佐藤龍三郎,松浦司:SDGsの人口学
・鯖田豊之:肉食の思想
・庄司邦昭:図説船の歴史
・増田悦佐:奇跡の日本史
・大野耐一:トヨタ生産方式
・本川裕:統計データが語る日本人の大きな誤解
・和田一夫:ものづくりの寓話
・Aki Tomizawa et al.:Economic growth, innovation, institutions, and the Great Enrichment
(https://www.researchgate.net/figure/Average-World-GDP-per-Capita-1-2010-Source-Angus-Maddison-2013-Tytell_fig1_340134904)

・Spaceship Earth:ジニ係数とは?
(https://spaceshipearth.jp/gini-coeffcient/)

・wikipedia:エケルト図法
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88%E5%9B%B3%E6%B3%95)

・Wikipedia:ネプチューン (ガレオン船)
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E8%88%B9))

・Wikipedia:城砦都市
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%8E%E9%83%AD%E9%83%BD%E5%B8%82)

・Wikipedia:蒸気機関
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2)

・英語学習徹底攻略:世界の海の大きさ・広さランキングベスト30!
(https://english.chicken168.com/searanking/)

・京都大学 RPG研究会:中世ヨーロッパの風景 
(https://www.ku-rpg.org/column/population.html)
・商船三井:コンテナ船「MOL TRIUMPH」 紹介ページ
 (https://www.mol.co.jp/info/article/2020/0611a.html)

・林玲子:世界歴史人口推計の評価と都市人口を用いた推計方法に関する研究
(http://www.linz.jp/worldpop/jp07/)

著者プロフィール

大原欽也

主任研究員

職歴
古河電工株式会社
古河物流株式会社 執行役員


調達から製造、出荷まで、サプライチェーン全般に関わってきました。また、設備導入、システム開発、マテハン設計、SCM構築等、様々な角度から課題解決に取り組んできました。課題解決には、統計手法や生産管理、管理会計等の汎用的な基礎技術が必要です。基礎技術を基に物流ソリューションを提供できれば幸いです。当法人のホームページに「旅するお荷物」と題したコラムも執筆しておりますので、是非ご覧ください。

得意分野

  • サプライチェーン
  • マテハン設計
  • SCM
  • 調達
  • 生産管理
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