旅するお荷物

サプライチェーン今昔物語(その1)

2026年5月20日

『旅するお荷物 vol.17』

大原 欽也

「どれだけ品質が向上しても」と、メカニックは言った。「日本だけはそれと無関係ですね ―― 少なくともこのがらくたを作った日本の工場だけは。」これは、A・ヘイリーが1971年に著した「自動車」の日本語訳の一節です。ヘイリーに限らず、日本車に対する米国民の認識はこの程度だったと思われます。

それから、僅か10年後の1980年代には日米貿易摩擦が起きて、アメリカは何としても品質に勝る日本車の輸入を制限しなければならない状況に追い込まれました。米国民にすれば、優秀な自国の自動車が日本車に席巻されるような事態は理解できなかったし、席巻されるからには日本側に何らかの不正があってのことだと思ったのでしょう…未だにそう思っているフシがありますが。

実際は、日本車は品質を向上し続け、米国車を凌駕しつつありました。それでも人間の認識は変わらないもので、日本車のオーナーでもなければ優秀さは理解できなかったのも無理ありません。思い返せば、この事態は、世界の交易の表舞台が大西洋から太平洋にシフトするという、歴史的大転換点の現れでした。今回は、世界交易の歴史を物流の立場からサプライチェーンの変遷として振り返ったうえで、未来を占ってみようと思います。

【経済の発展と富の増大】
図表1に、一人当りGDPと人口の推移を示します。資料の出どころが違うので、グラフの数値を読み取り一つにまとめたのですが、見事にそっくりな曲線になりました(元ネタが同じかも)。ただ、1800-1900年辺りで、人口増加が上回っています。多分誤差なのでしょうが、もしかしたら全体の富の増加は、最初は人を増やしただけで、後から個人に還元されたのかもしれません。例えば、農業生産の増大は人口を増やすだけで、個々人の富には結びつかないとするやや古い理論もあります。順序はともかく、富と人口は正の相関があるのです。現代までは、ですが。

図表1世界人口と個人GDPの推移 (林玲子/世界歴史人口推計の評価と都市人口を用いた推計方法に関する研究 , Aki Tomizawa et al./Economic growth, innovation, institutions, and the great enrichment,より)

いずれにしても、1500年頃までほとんど停滞していたのが、一気に上向いています。ルネサンスから始まったヨーロッパ主導の交易が富の源泉だといえそうです。そして後に、産業革命がまさに経済を押し上げるエンジンとなりました。そこのような急激な変化が起きた背景には、世界の交易を支えるサプライチェーンの拡大がありました。それはまた人々の考え方も大きく変えてきました。

なお、図表1から、このままでは地球が賄いきれないぐらい人口が増えるのではないか、と心配になったかもしれません。説明は省略しますが、人口増は何れピークアウトすると思うので、個人的見解としては、中期的には不安を覚えつつも、長期的には楽観視しています。

【城塞都市の中の物流(中世ヨーロッパ)】
さて元に戻って、ルネサンス以前の中世ヨーロッパから話を始める事にします。この時期をひとことでいえば「停滞」と見做していいかと思います。各地に点在した城砦都市がヨーロッパの典型的な風景で、砦の内側が現在の旧市街です(図表2)。経済規模は小さく、富の源泉は主に農業・牧畜生産品でした。つまり農地面積が富とほぼイコールであり、しかし農地は簡単に増やせないので、富の総量もあまり増えなかったのでした。

図表2城塞都市(イタリア、パルマノーヴァ市、wikipediaより)

それでは、農業の生産性はどうかというと、16世紀のデータでは、小麦だと1粒の種を巻いて収穫できるのは6粒だけでした(同時期の水稲は50粒)。さらに同じ土地で栽培し続けると病気などで収率が落ちるので、一定期間休耕しなくてはならないのでした(水稲は休耕不要)。

このような状況で富が一極集中します。その結果の中世ヨーロッパの統治体制を単純化すると、城砦都市の中で、すべての産品を手にする一握りの領主と、城砦内の商人や職人、そして食うか食わずの大多数の農民という構図でしょうか。農地の大きさが決まってしまうと、富は増えようがない。領主間の奪い合いはあっても、それは富が右から左へ移動するだけのゼロサムゲームでしかありません。農業以外の生産に割り振るマンパワーも少なく、そもそも購入できるのはごく一部の特権階級です。停滞が続いても無理からぬことでした。

つまりこの間、経済的には、そもそもモノが買えない状況だったのです。最低限の必需品以外は需要も供給も殆どなかったのでしょう。欲しい、という感覚、つまり潜在需要とでもいうべきものはあったとしても。まとめると大多数の人々にとって 需要≒供給≒0 です。

この状況は、サプライチェーンを考えてみると、はっきりします。

・農産物(物量として大部分):城外(農民)→ 城内(領主、職人、商人)
・奢侈品(微量):城内(職人、商人)→ 城内(領主)
・その他(微量):城外(農民)←→ 城内(職人、商人)

要するに、「せいぜい直径10km程度の城砦都市と周辺の農耕地」という中での小規模な経済圏、物流圏しかなかったのです。世界が城砦の周辺に限られたのです。正確なデータはなかったですが、中世の都市数を約2,000、人口密度を訳10,000人/㎢とすると、面積としての物流網は約6,100㎢しかありません。このイメージを図表3に示します。

図表3中世ヨーロッパのサプライチェーン領域のイメージ

なお、ヨーロッパ以外で農業生産性の高いところいえば、アジアの南岸地域、具体的に、中国南部とインド辺りがあります。しかし、中国は北部の乾燥地帯を抱えていることに加え、断続的に干ばつや水害が発生し安定しません。残るはインド付近ぐらいではないでしょうか。あと、日本は生産性は高いですが、近代まで世界経済にはリンクしてないし、サイズが小さいので影響は少なかったと思います。

【地中海貿易の拡大(ルネサンス)】
次いで、ルネサンスに移行するのですが、芸術運動の背景には、新たに台頭した商人の存在がありました。ヴェネツィアやフィレンツェなどの商人が地中海を舞台とした香辛料や宝石などの貿易で大儲けしたのです。つまり、サプライチェーンが地中海に再拡大し、その結果、経済規模も増大しました。つまり、グローバル化したのです。今日と比較すると、ミニ・グローバル化といったような、矛盾した表現が当たっているかもしれません。

このサプライチェーンは国際的なものですから、仕組みも複雑になります。今日使用される、海上交易の決済や保険の制度や簿記なども基本形はこの時代に確立されたようです。

しかし、増大した富は一握りの商人に集中することになり、これも今日の状況に似ているかもしれません。但しその貧富の差は、現在より遥かに苛烈だったようです。

まとめると、サプライチェーンの範囲が地中海に拡大し、富が増大するとともに、商業の仕組みも精緻になり、富を手にする支配層が商人に変わったとはいえ、貧富の構造が決定的に変わったわけではありませんでした。とはいえ、宗教に縛られない自由な雰囲気が初めて生まれたのも確かでしょう。この間のサプライチェーンのイメージを図表4に示します。

図表4ルネサンス期のサプライチェーン領域のイメージ (wikipedia掲載の地図を加工)

余談ですが、独占した富の庇護のもとで、今日賞賛されるダ・ヴィンチやミケランジェロなどの芸術家が輩出されました。さらに余談ですが、スポンサーが教会から商人に移ったため、作品のテーマもキリスト教から古代ギリシアやローマのものが多くなり、生気溢れる神話の神々が描かれました。ついでに余談ですが、古代の神々は衣服をまとってはいけないというきまりが、なぜかどこかで下されたという話もあって、その結果は作品を見ていただくとして、そのことが芸術の発展に寄与したかどうかのコメントは控えておきます(図表5)。

図表5 ボッテチェリ作 ヴィーナスの誕生 (山田五郎/知識ゼロからの西洋絵画入門, より)

※続きは7月15日、7月22日に掲載予定です。


【出典元】
・ウリケ・シェーデ:再興 THE KAISHA
・ウルリケ・ヘルマン:資本の世界史
・ジェームズ・P・ウォマック,他:リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える
・トマス・ロバート・マルサス:人口論
・ハンス・クリスティアン・フライエスレーベン:航海術の歴史
・マルク・レビンソン:コンテナ物語
・マルク・レビンソン:物流の世界史
・吉川洋:人口と日本経済
・宮下直, 西廣淳:人と生態系のダイナミクス 1.農地・草地の歴史と未来
・玉木俊明:物流は世界史をどう変えたのか
・佐藤龍三郎,松浦司:SDGsの人口学
・鯖田豊之:肉食の思想
・庄司邦昭:図説船の歴史
・増田悦佐:奇跡の日本史
・大野耐一:トヨタ生産方式
・本川裕:統計データが語る日本人の大きな誤解
・和田一夫:ものづくりの寓話
・Aki Tomizawa et al.:Economic growth, innovation, institutions, and the Great Enrichment
(https://www.researchgate.net/figure/Average-World-GDP-per-Capita-1-2010-Source-Angus-Maddison-2013-Tytell_fig1_340134904)

・Spaceship Earth:ジニ係数とは?
(https://spaceshipearth.jp/gini-coeffcient/)

・wikipedia:エケルト図法
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88%E5%9B%B3%E6%B3%95)

・Wikipedia:ネプチューン (ガレオン船)
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E8%88%B9))

・Wikipedia:城砦都市
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%8E%E9%83%AD%E9%83%BD%E5%B8%82)

・Wikipedia:蒸気機関
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2)

・英語学習徹底攻略:世界の海の大きさ・広さランキングベスト30!
(https://english.chicken168.com/searanking/)

・京都大学 RPG研究会:中世ヨーロッパの風景 
(https://www.ku-rpg.org/column/population.html)
・商船三井:コンテナ船「MOL TRIUMPH」 紹介ページ
 (https://www.mol.co.jp/info/article/2020/0611a.html)

・林玲子:世界歴史人口推計の評価と都市人口を用いた推計方法に関する研究
(http://www.linz.jp/worldpop/jp07/)

著者プロフィール

大原欽也

主任研究員

職歴
古河電工株式会社
古河物流株式会社 執行役員


調達から製造、出荷まで、サプライチェーン全般に関わってきました。また、設備導入、システム開発、マテハン設計、SCM構築等、様々な角度から課題解決に取り組んできました。課題解決には、統計手法や生産管理、管理会計等の汎用的な基礎技術が必要です。基礎技術を基に物流ソリューションを提供できれば幸いです。当法人のホームページに「旅するお荷物」と題したコラムも執筆しておりますので、是非ご覧ください。

得意分野

  • サプライチェーン
  • マテハン設計
  • SCM
  • 調達
  • 生産管理
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