サプライチェーン今昔物語(その2)
2026年7月15日
『旅するお荷物 vol.18』
大原 欽也
「どれだけ品質が向上しても」と、メカニックは言った。「日本だけはそれと無関係ですね ―― 少なくともこのがらくたを作った日本の工場だけは。」これは、A・ヘイリーが1971年に著した「自動車」の日本語訳の一節です。ヘイリーに限らず、日本車に対する米国民の認識はこの程度だったと思われます。
それから、僅か10年後の1980年代には日米貿易摩擦が起きて、アメリカは何としても品質に勝る日本車の輸入を制限しなければならない状況に追い込まれました。米国民にすれば、優秀な自国の自動車が日本車に席巻されるような事態は理解できなかったし、席巻されるからには日本側に何らかの不正があってのことだと思ったのでしょう…未だにそう思っているフシがありますが。
実際は、日本車は品質を向上し続け、米国車を凌駕しつつありました。それでも人間の認識は変わらないもので、日本車のオーナーでもなければ優秀さは理解できなかったのも無理ありません。思い返せば、この事態は、世界の交易の表舞台が大西洋から太平洋にシフトするという、歴史的大転換点の現れでした。今回は、世界交易の歴史を物流の立場からサプライチェーンの変遷として振り返ったうえで、未来を占ってみようと思います。 ⇒その1はこちら
【外洋へ(大航海時代)】
しかし、他の国・地域が指をくわえて見ているはずもなく、覇権はポルトガル、そしてスペインに渡ります。彼らは大西洋に船出し、一つにはアフリカ大陸を経由してインド洋を目指し、いま一つは真西にアメリカ大陸に至りました。
オスマンなどの勢力が陸路を制していたのを横目に、海路で遠回りしたのです。大量輸送には海上輸送が圧倒的に有利なので、輸送モードに(偶然に)船を使用したことがヨーロッパ発展の要因となりました。
とはいえ、それは簡単なことではなく、大きな物流イノベーションも起こしました。インド洋や大西洋は、地中海という内海と違い穏やかではありません。荒海の中で長期間の航海に耐えうる船舶は、大型化するとともに帆の改良がなされました。キャラック船やガレオン船など、私には違いがよく分かりませんが、ジャック・スパロウ船長が乗っているような船の原型は、この時代に完成したようです。
(図表6)。

図表6:ガレオン船、ネプチューン号 (出典元:wikipedia)
同時に、航海術の発達も必要でした。目的地を目指す、というより当時はどこに何があるかよく分らなかったので、とりあえず今どこを進んでいるのかをはっきりさせるためには、経路を決める航海図、方位を測定する羅針盤、緯度を測定する六分儀、などが必要でした。これらを改良しながら徐々に航路を伸ばしていったのです。この頃には、地球は平面ではなく丸いのだということもわかっていたようです。
ここら辺りで、ある重要な概念の発見がありました。貿易をすれば「富は増やせる」ということです。当たり前と思われるかもしれませんが、それまでは、先ほど述べたとおり、富はゼロサムゲームと思われていたのです。しかし、自分も金持ちになれると気付いた人々は、危険も顧みず大海原へ漕ぎ出したのです。ケインズの言うアニマル・スピリッツのはしりかも知れません。
命がけの航海の主体は、当然ながらお金落ちではなく庶民ですから、徐々に庶民も経済に組み込まれてゆきました。つまり、需要≒供給>0 となってきたのだと思います。これはルネサンスからの流れです。この間のサプライチェーンの拡大を図表7に示しまが、世界が一気に狭くなりました。

図表7:大航海時代のサプライチェーン領域のイメージ (地図引用元:wikipedia)
【工業の勃興(産業革命)】
大西洋で儲けられるとなると、他の大西洋岸の国々も乗り出してきます。その国々で覇権争いになるのですが、イギリスだけは貿易以外の事も考えていました。それは、海の向こうではなく国内で起こしたイノベーションでした。それまで、人や馬や風や川などに頼っていた仕事を、“熱”に賄わせたのです。つまり、燃やせるものがあれば、そこから仕事を取り出せるといことが発見され、その発見が、まさにテクノロジーの勃興に火をつけたのです。さらに換言すると、エネルギーの概念が発見され、エネルギーの変換方法が発明され、様々な産業に適用されました(例えば図表8)。強大なエネルギーがイギリスを日の沈まぬ工業国に押し上げました。貿易品の主体も“工業品”と呼ばれるものに変わってきました。

図表8:ニューコメン機関(出典元wikipedia) 炭鉱の排水ポンプ、蒸気の凝結時の負圧を利用
ところが、工業はイギリスよりアメリカやドイツの方が上手でした。イギリスが小規模な手工業が主体だったのに対し、アメリカは生産規模の拡大にメリットを見出しました。なんのかんので覇権が大西洋を越えてアメリカに渡ってしまいました。
規模を生かした生産は経済規模も激増させ、その結果、ようやく庶民も本当に豊かになりました、つまり欲しいものが買えるようになったのです。これは歴史上のエポックです。それどころが今度は、お金はあるのに欲しいものが足りない、モノ不足の状況が生まれました。なんと、需要が供給を上回ったのです。つまり、需要>供給≫0 です。そして庶民は消費者となり、モノに執着しだしました。
このような状況の中、フォード自動車がフォード生産方式を開発したのでした。これは、同じものを大量に製造するのに特化した方式で、一般的には「押し込み型」「プッシュ型」などとも呼ばれる大量生産方式です(図表9)。原材料を上流工程に投入して、後は順次工程を下流に押し込んでいく、という感じです。生産管理としては単純ですが大量生産が可能です。

図表9:押し込み型生産の模式図
さて、この方式にメリットがあるのは、作れば作っただけ売れる場合に限ります。売れなければ大量の在庫が発生する危険があるからです。しかし、そうこうしているうちに、世の中にモノが行き渡ってきました。当然、需要を考慮した生産方式が求められるようになります。
その前に、余計な一言。押し込み型生産を国家レベルまで拡張したのが、社会主義体制の計画経済ではないでしょうか。今となってはあまり評判がよくありません。なぜかというと、供給は必ず需要に従うべきだからです。なぜ従うべきなのかというと、供給の計画、つまり需要の予測は本質的に不可能だからです。だから、物流も需要に応じた供給を追求するのです。もちろん、程度問題でもあり、経済を自由主義に全振りするのも、計画のない生産も、やりすぎなのはいうまでもありません。以上。
※続きは次号、7月22日に掲載予定です。
【出典元】
・ウリケ・シェーデ:再興 THE KAISHA
・ウルリケ・ヘルマン:資本の世界史
・ジェームズ・P・ウォマック,他:リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える
・トマス・ロバート・マルサス:人口論
・ハンス・クリスティアン・フライエスレーベン:航海術の歴史
・マルク・レビンソン:コンテナ物語
・マルク・レビンソン:物流の世界史
・吉川洋:人口と日本経済
・宮下直, 西廣淳:人と生態系のダイナミクス 1.農地・草地の歴史と未来
・玉木俊明:物流は世界史をどう変えたのか
・佐藤龍三郎,松浦司:SDGsの人口学
・鯖田豊之:肉食の思想
・庄司邦昭:図説船の歴史
・増田悦佐:奇跡の日本史
・大野耐一:トヨタ生産方式
・本川裕:統計データが語る日本人の大きな誤解
・和田一夫:ものづくりの寓話
・Aki Tomizawa et al.:Economic growth, innovation, institutions, and the Great Enrichment
(https://www.researchgate.net/figure/Average-World-GDP-per-Capita-1-2010-Source-Angus-Maddison-2013-Tytell_fig1_340134904)
・Spaceship Earth:ジニ係数とは?
(https://spaceshipearth.jp/gini-coeffcient/)
・wikipedia:エケルト図法
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88%E5%9B%B3%E6%B3%95)
・Wikipedia:ネプチューン (ガレオン船)
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E8%88%B9))
・Wikipedia:城砦都市
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%8E%E9%83%AD%E9%83%BD%E5%B8%82)
・Wikipedia:蒸気機関
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2)
・英語学習徹底攻略:世界の海の大きさ・広さランキングベスト30!
(https://english.chicken168.com/searanking/)
・京都大学 RPG研究会:中世ヨーロッパの風景
(https://www.ku-rpg.org/column/population.html)
・商船三井:コンテナ船「MOL TRIUMPH」 紹介ページ
(https://www.mol.co.jp/info/article/2020/0611a.html)
・林玲子:世界歴史人口推計の評価と都市人口を用いた推計方法に関する研究
(http://www.linz.jp/worldpop/jp07/)